医者に怒られるクロード
だが、長期間薬を飲まなかったせいでクロードの病状は悪化しており、彼はベッドで寝込むようになっていた。しかもクロードは最近エリエがお見舞いに来てくれていないことで余計に落ち込んでいた。セシリアを追い出した直後はお互い会おうとしていたのに、今のエリエは「忙しい」「所用がある」と言い訳ばかりで全然見舞に来てくれない。「病は気から」とは言うが、クロードの場合まさに気落ちが体調にも影響していた。
「全く、エリエは一体何をしているんだ?」
「クロード様、エリエ様の最近の動向が分かりました」
そこへお見舞いに来たクロードの家臣が深刻な表情で告げる。
彼はクロードにエリエの状況を探るよう言われており、そのため出来ればクロードに知らせたくないことでも言わなければならなかった。
クロードはそんな家臣にベッドから身を乗り出して尋ねる。
「何だ? 彼女はどうしている!?」
「それが……エリエ様はカール・キンベル様と最近よく二人で会っているようでございます」
「何だと!? げほっげほっ」
感情がたかぶったクロードは思わずむせてしまう。
そんな彼を家臣は心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、それで一体何をしているんだ?」
「さあ、そこまでは……とはいえ、特に用事がある訳ではないと思われます」
「何だと……ごほっ」
再びクロードはせき込む。用事もないのに会っているということはただ会いたくて会っているだけではないか。
せっかくセシリアを陥れてまでエリエと結ばれようと思ったのに、彼女は別な男の元へ行ってしまったのか。そう思うと怒りと悲しみが胸を覆う。こうしてクロードの病気は悪くなる一方であった。
とはいえ紅熱病の騒動が落ち着くと、ようやくクロードの元に医者がやってきた。カンタール伯爵家の伝手を辿り王都で有数の名医を呼んだため、これでようやく病気が治るのか、とクロードはほっとした。
白髭を蓄えた四十ぐらいの医者はクロードの元にやってくると、聴診器をあてたり問診したりする。
そして険しい表情で告げた。
「これは慢性的な気管支炎ですな。しかも今まで投与した薬が効いていないとなると、少し珍しい病気かもしれません」
「な、治るのか?」
「はい、適切な薬を服用すれば治るでしょう」
「良かった」
クロードは安堵する。しかし医者は難しい顔で尋ねた。
「ところで、私が診る以前はどうしていたのでしょうか? 症状から察するに大分前からのもののように思えますが」
「それは……別の者に診てもらっていたのだ」
クロードは言葉を濁す。
しかし事情を知らない医者はなおも訊ねる。
「どなたでしょうか? どのような薬を投与していたか話を聞いてみたいのですが」
「ど、どんな薬でもいいだろう! おぬしがいいと思う薬を処方してくれ!」
「とはいえそれまで大丈夫だったなら、それと同じ薬を処方すべきだと思うのですが」
医者の正論にクロードは反論に詰まる。
このままあくまでセシリアの名前を伏せても良かったが、それで万が一この医者が判断を誤ったら、という思いがクロードの脳裏を横切る。
もちろんそんなことはほぼありえないだろうが、わざわざ訊ねてくるということは万が一ほどには間違う可能性もあるということではないか。
「……セシリアだ」
「何と! あのセシリア様がですか!」
それを聞いて医者は色んな意味で驚く。寝たきりのクロードの耳には入っていなかったが、ここのところ王都の医者界隈はセシリアの活躍で持ち切りだった。貴族令嬢でありながら一人前の薬師並みの知識と技術があるということで話題になっていたのである。確かに彼女はクロードの婚約者だったが薬の処方までしていたとは。
そしてその件が話題になると彼女がクロードに毒を盛ったことも改めて語られた。なぜそんなことをしたのか、実は冤罪ではないか、と話題になったがこの話を聞いて医者は改めて冤罪ではないか、と思う。
「あの、セシリア様は本当にクロード様に毒を盛ったのですか?」
「う、うるさい! 今はそんなことはどうでもいいだろう!」
「どうでもよくありません! なぜあなたの病気を治す薬を処方していた人間がわざわざ毒を盛るのですか? しかも毒を盛るなら紅茶ではなくいつもの薬に盛ればいいではないですか! やはりあの事件、何かおかしいのでは?」
医者は表情を強張らせる。
実際のところ紅茶に毒を盛ったのはエリエが紅茶の方が毒を仕込みやすかったというだけの理由だったが、もう少し考えれば良かったかもしれない、と今更クロードは後悔した。
医者の正論にたちまちクロードは言葉を詰まらせた。
「と、とにかく犯罪者の考えることなど分からない! とにかく毒を盛られたのは事実なのだ!」
「きちんと調べたのですか?」
「もちろんだ、そしたらセシリアの部屋から毒が見つかったんだ! さっさと僕を治してくれ!」
「……分かりました」
今更争ったところで証拠が出るはずもなく、仕方なく医者は頷いて薬を処方する。
しかし内心ではセシリアの紅熱病事件の時の働きを思い出し、クロードに対して疑念を抱くのだった。
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