ライアン子爵と紅熱病事件の後日談
「ありがとうございます」
「いえいえ、それよりも彼はあなたに一体何だったのだろう? 確か彼はキンベル家の跡継ぎだったと思うが」
ライアン子爵は店の外に駆けだしていくカールの後ろ姿を見て首をかしげます。
子爵に来ていただけて問題が穏便に解決して本当にほっとしました。
「それが良からぬ薬を作って欲しいと突然要求してきて困っていたところなのです」
「良からぬ薬?」
「はい、証拠が残らない惚れ薬です。彼はもしかしたら何か企んでいるかもしれません」
「なるほど。それは気を付けておこう」
子爵も困ったものだ、という風に頷きました。
ところで子爵はなぜうちに来ていたのでしょうか。最近は身分ある方が多数来ていることもあって感覚が麻痺しそうです。
「それで、ライアン子爵はなぜこのお店に?」
「こほん、そうでした。覚えていますか、アディントン公爵邸であなたが一人の使用人の命を助けてくださったことを」
「そんなこともありましたね」
公爵は自分の家にとって利益になる相手やお金をくれた家の者を優先的に助けようとしており、私は生死の境をさまよっていた者を助けるように言い、結果的に彼の命を救ったということがありました。
もっとも、今ではあれも遠い日の出来事のような気がしますが。
「実はあの者、うちの使用人だったのです。助けていただき本当にありがとうございました」
「そうだったのですか!」
子爵がそう言って急に頭を下げたので私は驚きました。
誰を助けるとか助けないとかの話は本人に聞こえてはまずいと思って小声でしたつもりでしたが、議論が白熱してつい漏れ聞こえてしまっていたのかもしれません。
「話を聞いたところによるとその代わりにあなたの報酬がなくなってしまったとか。恐らく見ず知らずの他人だったのにそこまでしていただきありがとうございます」
「いえ、そうは言ってもいただいていますよ」
それに殿下から多めにもらっていたお金は材料費を差し引いても残ったので、実はその分も実質報酬のようになっています。
そのため、私の冤罪を晴らす機会はなくなりましたが、実は金銭的には結構いただいていたのです。
が、子爵は首を横に振りました。
「いえ、そういう訳にはいきません。我が家の使用人を助けていただいたからにはきっちりお礼をさせていただかなければなりません」
そう言って子爵からも私の手に金貨が数枚入った袋を渡します。
私が申し訳なさそうな表情になったのが分かったのか、子爵は首を振ります。
「いえいえ、我が家の者を助けていただいたことには変わりません、どうぞお受け取りください」
「わ、分かりました」
子爵はやや強引に私の手に袋を掴ませたので、私はいつの間にか袋を受け取ってしまっていました。
少し気恥ずかしくなった私は話題を変えます。
「ところであの後事件はどうなったのでしょう?」
「そうですね、貴族の中には公爵の強引な屋敷封鎖に怒った者もいて、そもそも公爵が遠征から病気を持ち帰ってきたことを責める者もいました。ですが公爵はそれに真っ向から反論しまして、『そもそも誰かが南方に遠征しなければならないし病気を人が完全に制御することは出来ない』とおっしゃりました。貴族の中には公爵が屋敷を封鎖して感染を阻止したことを評価している者もおり、また公爵に優先して身内を助けてもらった貴族たちが公爵に味方して、結果的に南方遠征で勝利した恩賞がなくなる代わりに特に罪に問われることもなくなったようです」
「公爵の恩賞はなくなったのですか」
「そうですな」
薬師の視点としてみれば病という人間ではどうにもならない存在により恩賞がなくなったことは少し可哀想です。数千の軍勢を率いて遠征した以上、全員の感染がないかを確認するのは実質的に不可能でしょう。
とはいえ貴族の視点からみるとこれだけの事件を起こした以上何らかの責任をとらされて当然というところはあるので難しいものです。
また、公爵が事後処理を考えて治す人間を選んでいたというのも私からすると少し嫌な話です。
とはいえ今はひとまず大きな問題が起こらなかったことを喜ぶべきでしょう。
「もし今後王宮に冤罪の申し立てをするのであればその時は微力ながら協力致します」
「は、はい、その時はよろしくお願いします」
今のところそういう考えはありませんが、そう言っていただけるのは嬉しいことです。
「ではこれからも頑張ってくれたまえ」
こうして子爵は帰っていくのでした。
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