エリエの移り気

「あーあ、最近のクロードは病気ばかりで全然だわ」


 一方のころ、エリエは最近のクロードに物足りなさを覚えていた。せっかくクロードと二人きりになるためにセシリアを追い出したというのにこれでは意味がない。


 元々エリエはクロード、セシリアと三人で幼馴染だった。しかしエリエは密かにセシリアのことを羨ましく思っていた。確かにエリエの実家であるグランド侯爵家はセシリアの実家よりも爵位が高い。


 しかし三人で常に一緒にいるせいか、エリエとセシリアのことを把握する声はちらほらとエリエの耳に入って来た。そして声の中には決まって「エリエよりもセシリアの方が聡明だ」「学問の成績もセシリアの方がいい」というものが混ざっていた。


 中にはセシリアが病気の母親のために薬学の勉強をしていると聞いて、「セシリアは何と優しい性格だ。一方のエリエは何不自由ない環境で育ったからセシリアよりも成績が悪いのだろう」などと口さがないことを言う者もいた。


 最初はエリエもセシリアに負けないように勉強を頑張った。

 しかし残念ながら才能の差か、努力が足りなかったせいか、彼女がセシリアに追いつくことはなかった。


「私、所詮家柄だけで才能がないのかな」


 ある時、たまたまエリエがクロードと二人で会ったとき、ついそんな愚痴を言ってしまった。それを聞いたクロードは少し悲しそうな顔をする。彼にも噂は耳に入っていたのだろう。


「そんなことはない。エリエだって頑張っている。それなのに心無いことを言う奴らはきっとエリエの家柄と美貌に嫉妬しているのだろう」

「でもいくら姿が美しくてもどうせ結婚相手は政略で決まるんだからいみがないのでは?」

「そんなことはない。僕は君のことを美しいと思うよ」

「クロード……」


 クロードの言葉にエリエは胸を打たれた。

 これまで家に帰っても両親はエリエがセシリアよりも学問が出来ないせいか、「努力が足りないんじゃない?」


「さぼっていないだろうな?」などと疑いの目を向けてきていたのだ。だがクロードだけはエリエに優しい言葉をかけてくれた。それが彼女には嬉しかった。

「ありがとうクロード、おかげで私は救われましたわ」

「本当かい? 僕の言葉で救われるならこれからも辛くなったら好きなだけ相談してくれ」


 それからエリエはクロードと仲良くなった。

 落ち込んだ時には二人で会うようになったし、そうでもない時にも二人で会うことが増えてきた。三人で遊ぶのも嫌いではなかったが、自分がセシリアと比較されるようになってからは一緒にいてもどことなく楽しめなくなっていた自分に気づいた。だからセシリアがいないだけで気が楽だった。


 しかしほどなくしてクロードとセシリアの婚約が決まった。

 その時のエリエの悲しみは大きかった。まだクロードの婚約相手が知らない令嬢であればそこまででもなかったかもしれなかった。政略結婚である以上純粋に運が悪かっただけなのだろうが、結局結婚相手すらセシリアにすら勝てないのか、とエリエは打ちひしがれた。


 そしてそんなエリエを慰めてくれたのがまたクロードだった、という訳である。


 だが、そのクロードも最近は病気がちで全然遊ぶことが出来ない。


 最初は仕方ないなと思っていたが、わざわざセシリアを追い出したのにクロードと一緒になれないなんて。


 しかも最近は他のパーティーやお茶会にいくと、皆がエリエのことを疑っているように思えてしまうことがある。何気なく「エリエの件、幼馴染なのに大変だったね」と言われれば鎌を掛けられているのかと思えてしまうし、「婚約者が毒を盛るなんて怖いよね」と言われれば遠回しに自分が言われているのではないかと思ってしまう。

 クロードの病気により心が不安になったせいか、エリエは被害妄想が強くなっていた。


 クロードに相談に行きたいと思うが、クロードは体調を崩している。しかも自分がこんなことをしておいてクロードに相談するのも違う気がする。

 そのためエリエの心の中にはどんどん不安が溜まっていった。


 そんな時、たまたま参加したお茶会でエリエは一人の男性に声を掛けられた。


「やあエリエ嬢。一度君と話してみたかったんだ」

「え……あなたは誰ですか?」

「僕はカール・キンベルだ。前から話してみたかったんだけど、君はいつも幼馴染二人と一緒にいて話しかけづらかったんだ」


 そう言って彼は肩をすくめる。

 同い年だったがカールは大人びていて余裕があるように見えた。


「ええ、いいですわ」

「それは良かった。早速だが、君は何か今悩んでいるようだね?」

「ええ……うまく言えませんが、最近ちょっとあまり良くないことをしてしまって、それで皆に責められているような気がしてしまうのです。きっと気にしすぎだと思うのですが」


 カールは優男で声が柔らかく、何でかは分からないが、初対面だというのについつい悩みを話したくなってきてしまう。


「そうだね。とはいえそういうことは誰にでもあるものだ。僕で良ければ話を聞くよ。今度二人でお茶でもしないか?」

「え?」


 エリエは困惑した。

 しかし冷静に考えてみればクロードは今病気で会いにいけばかえって迷惑だろう。それに彼とは別に婚約した訳でも恋人になった訳でもない。

 そうである以上カールと二人でお茶しても浮気ではない。

 クロードが体調悪いときに代わりに話を聞いてもらうだけだ。


「はい、喜んで」


 エリエはそう答えるのだった。

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