帰路
私が貴族たちの部屋を出ると、別室には殿下がいました。もしかして私が出てくるのを待っていたのか、と思うと少し申し訳なくなります。
「やあ、大分遅かったね」
私が出ていくと殿下が気さくに声をかけてくれます。
「すみません……せっかく機会を作ってくれたにも関わらず、生かすことが出来ませんでした」
殿下の口添えがあった今なら私の冤罪を晴らすことも出来たかもしれません。もしくは罪が晴れないまでも、今回の功績により打ち消すことが出来たかもしれません。そう思うと少し申し訳なくなります。
「機会をどうするかはそなたが決めることだ。別に他人に謝ることではない。それよりもそなたは自分の恩賞を捨ててまで他人の命を助けたそうじゃないか」
「え……知ってらっしゃるのですか?」
私はそのことに少し驚きます。
「そうだ、公爵から僕が推薦した薬師は大変おもしろい人物だ、と言われてね。何があったのかと思えば重病人から優先して薬を使うよう頼むとは」
「私はただ病で死ぬ人を減らしたかっただけです」
「とはいえ、それを公爵にわざわざ伝えることが出来るのは勇気あることだ」
殿下の言葉に胸が温かくなります。
「その話を聞いて、確かにそなたは貴族社会で生きるよりも薬師として生きる方がいいのではないかとは思ったものだ」
「それは私もそう思います」
「とはいえ、そのような考え方が出来る人間にこそ国の上部にいて欲しいという気持ちもあるがな」
殿下は少しだけ意味ありげに言う。もしや殿下も私を召し抱えたいのだろうか、と思ったが殿下はたまたま今この国に滞在しているだけで元々は隣国の方だ。
「そう言えば、そもそも元々こちらにいらした理由であった条約についてはどうなりそうなのですか?」
何となく気になったので私は尋ねてみます。
「それについてはうまくいきそうだ。紅熱病はたまたま解決出来たから良かったが、僕のいるアルムガルド王国にしかない病気もある。逆に、僕の国でこの国にしかない病気が発生することもあるだろう。それが分かったからお互いの国の往来を盛んにするという条約を結ぶこと自体はほぼ確定した」
「それは良かったです」
それを聞いて私は安堵します。
今回の事件で条約がうやむやになることを少し心配していたが、むしろ両国の交流は深まることになったようです。
「何にせよ今回はご苦労だった。店までは送っていこう」
そう言って殿下は馬車を手で差します。
「ありがとうございます。お忙しい中すみません」
「いや、本来であれば僕はこの件については蚊帳の外だったが、君のおかげで薬や薬師を提供することが出来てこの国のために役立つことが出来て良かった。おかげで君のいないところで僕は結構偉い貴族たちに感謝されたりもしたんだ」
「そんなことがあったのですね」
私は屋敷にこもっていたので全然知りませんでしたが、その間にも様々なことがあったようです。
「私も一人ではきっと大したことは出来ませんでしたが、お金をいただき、また機会を与えていただいたことで救えた命もあったので良かったです」
こうして私は殿下とともに馬車に揺られながら店に帰るのでした。
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