惨状
本邸に入ると、手前の方には比較的元気な方々が滞在している部屋がありました。
主に使用人や他家からパーティーにやってきたものの巻き込まれた貴族の従者などが多いです。彼らは症状こそ出ていませんが、病気を持っている可能性があるため脱出させてもらえないのでしょう。
大部屋に二十人ほどの人が暇そうにしているのが見えます。
公爵も「用意が整い次第検査を手配する」とだけ言ってそその部屋を出ます。とはいえ検査自体はそこまで時間がかかることではありません。公爵の財力で数人の医師を用意すればこの人数であれば一日か二日で終わるでしょう。
「検査を行うのはそんなに大変なのですか?」
「今はこのような情勢だから名のある医師は有力な家に抱え込まれているのだ」
「なるほど」
確かに王都にいる貴族であれば自分の家の者が感染している可能性がある以上、腕のある医師は多めに確保しておきたいところでしょう。そのせいで結果的に身分があまり高くない方々がしわ寄せを受けているのは悲しい現実ですが。
公爵が部屋の外に出ると、医師たちは彼らの中に病気を発症させている者がいないか問診を行います。そして問題がないことを確認すると部屋を出ました。
次に私たちは個室が並んでいる廊下に入りました。
公爵は個室のドアを順番に空けて中にいる貴族たちに挨拶します。個室の中の貴族たちは紅熱病を発症している者ばかりで、医師により一日分の薬が与えられ、治っていると判断された者は連れ出されるのでした。基本的に貴族は皆個室を与えられ、症状を発症していても優先的に薬を受け取ることが出来るのでしょう。
最後に公爵は奥の広間に向かいます。
そこには布団が敷かれ、十人ほどの人々が苦しそうな表情で寝かされています。中には傍らに置かれたタライに嘔吐している者や意識を失っている者、苦しそうな声をあげている者もいます。
おそらく彼らは病気を発症した身分が高くない者たちなのでしょう。薬の量に限りがあるため治療が後回しにされているように見えます。その中にはおそらく公爵家の使用人と思われる者も混ざっています。
それを見て険しい表情で公爵は医師に尋ねました。
「薬の量はどうだ」
「あと五人分は残っています」
「そうか、今日は多いな。病気の方が少しずつ減り、薬師が増えたおかげか」
察するに、これまでは貴族の分の薬を配っただけで薬はなくなってしまっていたのでしょう。
目の前に寝かされている人々は皆苦しんでいます。
「ならばあの者とあの者、そして手前の二人と最後にあの人に薬を渡すのだ」
公爵はてきぱきと誰に薬を与えるのかを決めていきます。
ですがその中にはどう見ても症状が軽そうな者も混ざっており、逆に苦しんでいるのに入っていない者もいました。
「あの、なぜ症状が重い方を入れないのでしょうか?」
私は小声で尋ねます。
「彼らの仕えている家は皆爵位が高いか、わしに多額の金を送っている家だからだ」
「……」
公爵の言葉に私は絶句しました。
そして公爵がなぜわざわざ自身で感染の危険を冒してでもこの部屋にやってきたのかを察します。公爵本人でなければ優先順位を瞬時に判断することは出来ないからでしょう。また、他人の命に係わることでもあるため、他人に判断をゆだねることも出来なかったのでしょう。
ですが公爵が指名しなかった人の中に一人、明らかに衰弱している者がいました。
もし今日薬を受け取れなければ彼はこのまま死んでしまうかもしれません。
「お言葉ですが、あの方にだけは薬を与えることは出来ないでしょうか」
私は思わず公爵にそう言ってしまいました。
それを聞いた公爵はぎろりと私を睨みつけます。
「おぬしも貴族家の出身ならば分かるだろう」
多くは語りませんでしたが、お金や地位のある家との関係性は人の命よりも重いということでしょう。公爵も厳しい表情をしており、苦渋の決断であることが伝わってきます。
そもそも公爵は当然のように貴族から順に助けるという方針にしています。
ただでさえこのような事態を引き起こし、立場が危うくなった公爵家がそういう政治的な配慮をとってしまう気持ちは分かります。
とはいえ私としてはそれを見逃すことは出来ません。
「でしたら、今回の件における私の恩賞はなしで構いません。その代わりに、今苦しんでいる者を救うことは出来ないでしょうか」
私は侯爵の目を見つめ返します。
しばらくの間、私たちは無言で見つめ合いましたが、やがて公爵は無言でうなずきました。
「いいだろう。そなたの恩賞など我が家にとってはとるにたらぬものではあるが、そこまで言うのであれば希望通りにしようではないか。あの者を外してこの者に薬を与えよ」
公爵は医師に対して指示を出し直しました。
紅熱病は薬さえきちんと処方されればよほどのことがない限り治る病気です。それを見て私は一人の命を救うことが出来た、とほっとしたのでした。
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