本邸へ

「先ほどはありがとうございました、殿下」

「いや、当然のことを言ったまでだ」


 夕食が終わり、他の貴族たちが去っていくと私は殿下にお礼を言います。

 公爵を初めとする貴族たちがすんなり私を信じてくれたのも殿下の口添えがあったからこそです。


「何せ僕が無理を言って連れてきたのだから」

「とはいえ、これでもしかしたら冤罪が晴れるかもしれません」


 正直なところ今の薬屋生活は気に入ってはいましたが、いわれのない罪を着せられたままというのは嫌なので、それを晴らす機会をいただいたというのは嬉しいものです。


 もっとも、エリエが私に罪を着せたという証拠は今から探しても残っているはずはないので、審議をやり直すとしてもどうなるかは分かりませんが。


「それに、我が国のためにここまでしてもらってありがとうございます」

「まあそこは僕としても、この事件の解決に協力することで恩を売っておこうという打算はあるから君が気にすることではないよ」

「なるほど」


 確かに、そもそも殿下は大きな条約を結ぶためにこちらにいらしたと言っていましたし、色々大人の駆け引きもあるのでしょう。


「さて、僕はそろそろここを出なければならない。後は健闘を祈る」


 そう言って殿下は屋敷を去っていくのでした。

 そしてその日はもう遅くなったため、私たちは公爵が用意した客間で寝ることになったのです。



 

 翌朝、私たちは夕食と同じ部屋に集まって朝食を食べました。貴族たちも昨夜で自分の家に帰ったのか、公爵と彼に仕える人々以外はいなくなっていました。


 私たちは再び昨日と同じ部屋に連れていかれてそこで薬の調合を行います。そして昼の食事の時間を除いてずっと調合を続けていました。薬師の中には時々疲れて休憩をとっている方はいるものの、基本的に皆一生懸命に調合を行っていました。


 時々、部屋のドアが開いて公爵が手配したのだろう薬の材料が運び込まれてきます。公爵ともなると資金力も伝手もたくさんあるのでしょう、街にはもうホウセン花はなくなっていたはずなのに新たに仕入れられてきます。


 そんなこんなで作業が続き、夕方にさしかかったとき再び室内にアディントン公爵が現れました。


「皆様方、調子はいかがだろうか?」


 すると周りの薬師たちが調合が終わった分を公爵の前のテーブルに持っていったので私もそれに倣います。人数が多いせいか、出来上がった薬はかなりの量になっていました。


「随分進んだようでご苦労であった。ではこれよりこの薬を本邸の者たちに配ってこようと思う。それでは今日はもう休むが良い」


 公爵の地位にある方が緊急事態であるとはいえ、薬師たちに直接ねぎらいの言葉をかけるということはすごいことです。それを聞いて他の薬師たちは少しだけ疲れがとれたような表情になるのでした。


「あの、私もそれに同行させていただいてもよろしいでしょうか?」


 本来ここでしゃしゃり出る必要はないのかもしれませんが、私はそう言います。せめて一度ぐらいはどういう状況になっているのかを確認しておこうと思ったからです。

 公爵は少し驚きましたが、やがて頷きます。


「分かった。ついてくるが良い」

「ありがとうございます」


 その後公爵と私、そして先ほどの薬を持った白衣の医師五名ほどが集まります。使用人の一人がそんな私たちの元にレインコートのような形状の衣類を持ってきます。私たちはそれを頭からかぶり、さらに手袋をはめてフードを被り、マスクをしました。

 どうやらこれが感染対策のようです。

 そこで私は公爵自身が着替えていることに気づきます。


「あの、公爵閣下ご自身で行かれるのでしょうか?」

「ああ、その通りだ」

「でも感染の危険があるのでは?」

「大丈夫だ。わしは毎日医師の検査を受けているし、必要があれば一番に薬を飲むことが出来る」


 確かに彼は体が丈夫そうですが。


「でも感染の危険があるのに、公爵閣下がご自身で入る必要はないのでは?」

「それについては中に入れば理由は分かるだろう」


 そう言われれば私からはこれ以上いうことはありません。

 私も公爵について本邸へと向かうのでした。

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