正体

 離れにいたのはアディントン公爵と数人の家臣を除けば薬師や医師などの医療関係者ばかりでした。

 公爵ともなればもっとたくさんの家臣や使用人がいてもおかしくはないですが、今回の件でどこかへ去っていったかもしくは公爵の方から遠ざけたのかもしれません。


「こちらです」


 そんな中、私が通されたのは元々キッチンとして使われていたと思われる部屋で、そこにはすでに数人の薬師が疲れた目をしながら薬の調合を行っています。そして部屋の中央のテーブルにはたくさんのホウセンの花やサルの糞が載せられていました。感染が発覚してから公爵の力を使って材料を集めたのでしょう。


「材料はこちらにたくさんあるし、今も家臣たちに探させている。だからここで調合に協力して欲しい。もちろんお礼は後でいくらでも出そう」

「分かりました」

「では頼んだ」


 そう言って公爵が去っていき、私は調合を始めます。

 うちにあった設備は一般家庭のキッチンに毛が生えた程度でしたが、この屋敷にはすでに医師や薬師が集まっているだけあって使いやすい道具も揃っていました。

 私は周囲の方々に挨拶すると、早速調合を始めたのでした。




 それから数時間ほど作業をすると、一人の使用人が入ってきます。


「皆様お疲れ様です。お食事の準備が出来たのでお越しくださいませ」


 そう言って彼は丁寧に頭を下げます。

 薬師たちはそれを聞いてぞろぞろと部屋を出たので私たちもそれに続きます。

 向かった先は離れの食堂のような部屋で、大きなテーブルが二つあり、片方には私たち薬師や使用人が、もう片方にはアディントン公爵や殿下、他数人の貴族がいました。公爵の他にも貴族がいたことに私は少し驚きますが、おそらく紅熱病が治ったばかりの方々でしょう。どこかやつれて見えます。


 が、その中の一人が不意に私の姿を見て視線を止めます。


「そなたどこかで見たことあるが……もしやバナード家のご令嬢ではないか?」


 そう言ったのは一度パーティーにお邪魔したことがあるとある子爵です。

 彼の言葉を聞いて公爵や他の貴族が驚きの声をあげました。


「バナード家のご令嬢? 彼女は殿下にご紹介いただいた薬師だが」

「そもそもバナード家のご令嬢は先日追放されたのではなかったか?」

「だが、確かに見覚えがある」


 子爵は断言しました。もし記憶違いかもしれない、などと言い出せばこのままシラを切りとおそうかと思いましたが、ここまで言われた以上私は打ち明けることにします。

 殿下の方に目をやると、彼も頷きました。


「はい、確かに私は先日追放を言い渡されたセシリア・バナードです」


 私がそう言うと、どよめきが起こります。薬師だと言って連れてこられた人が先日追放されたばかりの貴族令嬢であれば驚くのも無理からぬことでしょう。

 そして彼らを代表して公爵が叫びました。


「だが、おぬしは薬師ではなかったのか!?」

「そうです。元々薬学の知識はあったので追放されて以降勉強をしながらお店を開いていました」

「そうであったのか……」


 私の言葉に公爵は絶句します。


「しかしその件についてわしは詳しくないが、一体なぜ婚約者に毒など盛ったのか?」

「盛っていません! 冤罪です!」


 私はここぞとばかりに訴えますが、他の者たちは顔を見合わせるばかりでした。

 バナード子爵家はそこまで有名な家でもありませんし、あの事件は大事になる前に私の追放で決着したため、詳しく知らない者が多いのでしょう。

 そのため公爵としてもいきなり主張されたところで冤罪かどうかを判断出来ないのでしょう。


「殿下はこのことを知っていらっしゃったのでしょうか?」


 公爵は私を連れてきたエドモンド殿下の方を向きます。


「連れてくる前に聞いた。とはいえ、彼女のそれまでの仕事ぶりを見る限りそのようなことをする人物ではないように思う。彼女が妙なことをしないということについては我が名において保証しよう」


 殿下が力強く宣言します。一国の王子がそう言えば信じざるをえないでしょう。

 殿下にとっては他人に過ぎない私なんかのためにそこまで言っていただけて感謝します。


「なるほど。殿下の保証があれば問題はありませんな。そもそもあの部屋には紅熱病の薬の材料しか置いていないし人目もある以上、この薬に毒を仕込むことは不可能だろうし」


 そう言って公爵はうんうんと頷きます。

 良くも悪くも彼にとって私の過去はそこまで気にならないことのようでした。


「もし紅熱病の件での働きで不審な点がなければその功績でもって彼女の罪が冤罪でなかったのか再議して欲しいのだ」

「分かりました。とりあえずわしとしては紅熱病の薬を調合していただけるのであれば構いません」


 他の貴族もうんうんと頷きます。

 そんな反応を見て公爵は改めて私に向き直りました。


「と言う訳だ。とりあえずいったん過去のことは置いておき、今は紅熱病の根絶に力を尽くそうではないか」

「分かりました」


 こうして私の件はいったん片がついたのです。

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