アディントン公爵家

 その後私はサリーとエレンに改めてアディントン公爵家にて起こっていることと、私がそこに呼び出されたことを告げました。


「セシルさん、そんなところに呼ばれるなんてすごいですね」


 それを聞いたサリーは目を丸くしました。


「はい。ですから数日の間お店はお休みになります」

「そうですか……せっかく軌道に乗って来たのに寂しいことです」

「束の間のお休みだと思ってゆっくりしてください」


 最近は私だけでなくサリーもほぼ休みなしのような形でした。ある意味ここで休めるのはいいことなのかもしれません。もっとも、私は休めませんが。


「あの、その間私はどうすれば?」


 エレンはエレンで不安そうに私を見ます。


「でしたら、休んだ分の日数だけここで働いてもらう日数を伸ばしてもらうことは出来るでしょうか?」

「はい、それなら大丈夫です」


 エレンは頷きました。


「では行こう」

「はい」


 その後いくつか細かいお店の連絡を伝えてお別れを済ませると殿下は私を促します。

 私は殿下とともに馬車に乗りこみ、王都へと向かいました。



 

 翌日の夕方ごろ、馬車はいよいよ王都へと近づいていきます。

 前は当然のように暮らしていた王都ですが、改めて外側から見ると立派な城壁、そして中央にそびえたつ王宮は立派なもので、人の出入りもラタンの街よりも格段に多いです。しかし紅熱病の件があるせいか、人々の表情はどこか暗いように感じられました。


 そして私はこの街を出る時に「二度と戻ってくるな」と兵士に言われたことを思い出し、ごくりと唾をのみ込みます。


「大丈夫か?」


 そんな私の雰囲気を察してか、殿下が優しく声をかけてくれます。

 そうだ、今は殿下が隣にいます。恐れることはありません。


「大丈夫です」


 門には衛兵がいましたが、殿下が軽く手を振ると衛兵たちは慌てて頭を下げて通過することが出来ました。

 そして私たちは王都の中心付近にあるアディントン公爵家の屋敷に向かいます。



 そこには異様な光景が広がっていました。

 王都の中心部には貴族の屋敷が集まっている区画があり、普段は人通りが特別多いと言うほどではありませんでしたが貴族家の使用人たちがお使いなどで出入りしていました。


 しかし今は公爵家の屋敷周辺の屋敷からは全く人の気配がなく、周囲にもほとんど人通りがありません。

 そして公爵家の屋敷の門前にはまるで戦時かのように目をぎらつかせた衛兵が五人ほど立っています。他にも屋敷の周囲にはぽつぽつと兵士が立っているのが見えます。


「この物々しさは一体?」


 私は小声で殿下に尋ねます。


「屋敷の本邸には感染の疑いのある者を閉じ込めたのだが、当然そこには他の家の当主など重要人物も含まれる。しかも発症して閉じ込められているならまだしも元気なのに病気が潜伏しているかもしれないとして閉じ込められている者も多い。そのため、脱走や救出に走る者が相次いだためこうなったということだろう」

「予想以上に大事になっていたようですね」

「そうだな。もっとも、僕がここを出たときはここまでひどくはなかったが」


 殿下は殿下で屋敷の物々しさに驚いています。

 門の前まで来ると馬車が停まり、私は殿下や数人の家臣とともに馬車を下ります。

 殿下が降りていくと、兵士たちは慌てて頭を下げ、私たちは屋敷に入ることが出来ました。


 門をくぐると奥には公爵家の立派な邸宅がありますが、その周囲は兵士が目を光らせ、ドアや窓は全て締め切られています。

 代わりに離れの建物には人が出入りしているのが見えました。私は殿下に続いてそちらに向かいます。

 殿下がやってくると、立派な体格の中年の男が私たちを出迎えます。

 おそらく彼がアディントン公爵でしょう。こんなことになっているものの彼の全身からは旺盛な生命力が感じられます。この方ならばどんな病気に感染しても症状が現れることはないのではないでしょうか、と思わされました。


「懇意にしている薬師を連れてきた」

「これはこれは殿下。他国のことなのにここまでしていただきありがとうございます」


 そんな公爵も殿下には丁重に頭を下げています。


「隣国として当然のことだ。それに貴国でパンデミックが起これば我が国にも被害が及ばないとは言い切れないからな」

「それは確かにそうでございますな。ではこちらへどうぞ」


 そう言って彼は殿下を連れて離れの建物へと入っていくのでした。

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