再会
クロードの来店という予想外の事態はあったものの、その後お店は少しずつ軌道に乗っていきました。基本的に薬というのは一度に大量に使うものでもないので、殿下の来店のブームに乗じてやってきたお客さんが一通り必要な薬を買うと、徐々に客足は落ち着いてきます。また、サリーが少しずつ仕事に慣れていき、お使いと薬の配達、そして薬の包装と陳列を任せられるようになるとだんだん私の忙しさも減っていきました。
そして客足が減った代わりに、特定の病気や症状を治すために注文をしてくださるお客さんが増えてきました。
元々この薬屋はお金を稼ぐためというよりは私の勉強のために始めたものですが、来客が多い時間以外はサリーに店番を任せて私は調剤を行う時間も確保できたので少しずつ理想の形に近づいてきたと言えるでしょう。
そしてオープンから一か月ほど経ったある日のことです。裏で調剤していた私がサリーに呼ばれて私が店頭に出ていくと、
「やあ、元気にやっているようで良かった」
「え、エドモンド殿下!?」
ふらっと現れた見覚えのある男性客が気軽に声をかけてきたのですが、私は驚きのあまり大きな声を出してしまいます。
すると彼は唇に指をあてて少しいたずらっぽく言います。
「しーっ! 今はお忍びで来ているからお静かに」
「す、すみません」
幸い今は他のお客さんもいなかったので大丈夫でしょう。殿下に続いて入ってきた二人の屈強そうな男は殿下の護衛のようです。
「どうしてこちらに?」
「実は我がアルムガルド王国と貴国の間で大掛かりな通商条約を結ぶことになってね。僕は交渉役に抜擢されて、しばらくこちらに滞在することになったんだ。それで、君の存在を思い出して顔を出したという訳だ」
この国に来ることになったとはいえ、一介の店主にわざわざ会いにきていただけたことに恐縮してしまいます。
「あ、ありがとうございます! おかげ様であれ以来大繁盛しています!」
「そうだね、店員さんも増えたし、内装も立派になったようだ」
そう言って彼はうんうんと頷いていますが、サリーは本物のエドモンド殿下を見て目をぱちぱちさせています。元貴族の私ですら殿下と話せる機会はないのに、商人の娘であるサリーには雲の上の存在に見えるのかもしれません。
「確かにきっかけは僕が来たことだろうが、はやったのは君の力だ。例えば酒場だったら多少ご飯がおいしくなくても、店主の愛想や店の雰囲気が良ければお客さんはまた来るかもしれない。日用品屋だったら、多少品質が悪くても安ければお客さんは来るだろう。しかし薬屋はそうではない。一度飲んだ薬が効かなければ普通の人はもう一度来ようとは思わないだろう。だから僕が来た後も継続して賑わっているということはそれは君の力だ」
「ありがとうございます」
私は殿下の言葉に深々と頭を下げます。
彼の言葉は私にとって売上が上がる以上に嬉しいことでした。
が、そんな話をしているとお客さんが入ってきます。
「あまり邪魔するのも良くないし、僕はもう行くよ。普通のお店と違ってまた買いにくるよ、と言いづらいのが微妙な難点だな」
確かに薬を買いにくるというのは病気や怪我をしているということなので、こちらとしても素直に「また来て欲しい」とは言いづらいところがあります。
「ありがとうございました!」
私が頭を下げると殿下は手を振って出ていくのでした。
「……大丈夫?」
それを見届けて、私は横で方針しているサリーに尋ねます。
彼女はしばらく無言で口をぱくぱくさせていましたが、やがて少し顔を赤くして言います。
「格好いい方。あのような方とお知り合いになっているなんてセシルさんが羨ましいです!」
サリーの羨ましがり方に、そっちか、と思わず内心突っ込みを入れてしまいます。
確かに殿下は恰好いいお方ですが、ただの薬屋である私とそういう関係になることはありえないので、無意識に心の中でそういう感情を抱かないようにしていました。
そしてこの時の私はこの後思わぬ出来事があって再びエドモンド殿下とお近づきになる機会が訪れるとは思いもしなかったのです。
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