カンタール伯爵の発症

「皆様、ようこそ我が屋敷へ来ていただきました。我がアディントン公爵家の軍勢は無事南方の異民族の反乱を鎮圧してまいりました」


 壇上に立つアディントン公爵の言葉に、参列した貴族たちから一斉に拍手が起きる。


 ここはついこの間まで南方の氾濫鎮圧に赴いていたアディントン公爵の屋敷。すっかり日焼けして逞しい体つきになった公爵はそろそろ五十になるはずだが、とてもそうは見えない若さを保っている。


 元々武勇に優れたという評判のある公爵だったが、このたびの遠征勝利で一層の武名をとどろかせるようになったようだ。今も遠征が成功したため上機嫌で貴族たちの祝賀を受けていた。


 広間には様々な料理が並べられているが、その中には南方特産のフルーツや、珍しい動物の肉なども混ざっている。そこからは公爵の「南方は完全に従わせた」という自信が感じられた。


 公爵の挨拶が終わると、貴族たちは談笑しながら料理を楽しみ始める。

 そんな中、これを機に公爵とよしみを通じておこうと何人もの貴族が集まってくる。そのうちの一人がクロードの父、カンタール伯爵であった。何人か先に並んでいた貴族たちの順番が終わり、いよいよ彼の番がやってくる。


「公爵閣下、このたびは戦勝おめでとうございます」

「うむ、ありがとう。しかし所詮蛮族どもの反乱。我が軍の前になすすべもなく逃げ散っていくしかなかった」

「さすが武勇の誉れ高い公爵閣下でございます」

「むしろ苦戦したのは敵地に攻め込んだ際の疫病だな。奴らは地元だから免疫があるようだが、我が軍の兵士には感染する者も多かった」

「公爵閣下は大丈夫なのですか!?」


 カンタール伯爵は不安そうに尋ねる。

 しかし公爵は豪快に笑った。


「ははは、わしは鍛えているからそのような病気にやられたりはせぬ。一応医師にも診てもらったが、食べすぎで腹を下した以外は問題なかった。安心するが良い」


 それを聞いて伯爵はほっとする。

 失礼なので口には出さないが、染ったらどうしようかと思ったのだ。安心した伯爵は公爵の元を離れ、他の貴族たちと会話する。ただパーティーを楽しんでいるだけに見えるが、彼は人脈作りに必死であった。


 そしてその後酒が回り、少しずつ参加者たちの足取りがおぼつかなくなってきた頃である。


 不意に、カシャン、と音がして伯爵の手からグラスが床に滑り落ちる。


 最初はただ酔っているだけかと思った周囲の者たちも、次の瞬間伯爵がその場に倒れると表情を変えていく。


「大丈夫でしょうか!?」「早く医師を!」「飲み過ぎか!?」

「全く、最近の若造はこれだから」


 一つため息をついた公爵が自家の医師を呼ぶ。慌てて駆け寄った医師は倒れている伯爵を見て驚いた。


 彼は倒れたとき少し吐いていたのだが、吐瀉物の中には赤い物が混ざっていたのだ。慌てて手袋をして額に手を当ててみると、焼けるように熱い。


 驚愕する医師の元に公爵が駆け寄る。


「どうした?」

「そ、それが……どうも彼は紅熱病を発症したようです」

「何だと!?」


 それを聞いて公爵は驚愕した。が、すぐに反論する。


「ば、馬鹿な! わしは紅熱病には感染していなかったはずだ! それなのに一体なぜ!」

「公爵閣下が感染しておらずとも、南方から帰った者の中には症状が発症しておらずとも感染していた者がいなかったとは言えません。その者から屋敷の者へ感染し、料理か食器を経由して感染したのでしょう」

「そ、そんな……」


 それを聞いてその場にいた貴族たちは凍り付いた。

 カンタール伯爵が感染した以上、自分たちも無関係とは言い切れなくなったからである。


 一方の公爵も、このままでは反乱を平定した英雄から病を持ちこんだ厄病神に転落してしまう。そのことに気づいて彼は震えあがった。


「ええい、屋敷を封鎖せよ! 感染していないと分かった者以外は一歩も外に出すな!」


 こうして、楽しいパーティーは一転して感染に脅える者たちの牢獄へと変貌したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る