エドモンド王子

「良くなったというのは本当か?」


 彼の病状が良くなったところへ、一人の人物が入ってきます。


 その姿を見て私は驚きました。屋敷内であるため略装ではありますが、彼は隣国アルムガルド王国王家の紋章を肩につけているのです。


 年齢は恐らく私より少し上の十七、八ほど。すらりと伸びた背に切れ長の瞳、きりりと結んだ口。体格を見ると、服の上からでも分かるほどがっしりしています。


 もしや隣国の王太子、エドモンド殿下でしょうか?


「はい、どうも病気ではなく蛇毒だったようで、私が毒を吸い出したところよくなりました」


 そう言って執事の男が殿下に事情を説明します。

 それを聞いて殿下は少し驚きました。


「ほう。しかしエクタール公爵家の医者はグロドボロ熱だと言っていなかったか?」

「薬を買いにいったところ、こちらの薬屋の方が蛇毒ではないかと教えてくださったのです」


 そう言って彼は私を手で指します。

 急に隣国の殿下に紹介された私は大慌てで頭を下げました。貴族時代も私の家ではなかなか王族の方と話すことはありませんでした。せいぜいパーティーで一言二言挨拶をする程度でしょう。それも私ではなく、父上が。

 それなのに、平民になってから隣国の王子とこんな間近で会うことになるとは。


「は、初めまして。薬屋のセシルと言います!」


 私が緊張で震えながら言うと、殿下は優しく微笑みながら話しかけてくれます。


「はは、そう慌てずとも良い。僕はそなたの判断に感謝しているのだ」

「ど、どういたしまして」


 私はそれだけ言うのが精いっぱいでした。


「とはいえ蛇毒であったのならばこの件について訊きたいことがあるな。……済まない、紹介が遅れた。僕はアルムガルド王国のエドモンドだ。このまま帰ってもらうのも申し訳ないことだし、お茶でもいかがか?」

「は、はい、喜んで!」


 元より隣国の殿下からの誘いを断れるはずもありません。


「ではこちらへどうぞ」


 先ほどの執事が私を屋敷内の応接室に案内してくれます。すると私の前にはアルムガルドの銘菓と思われる、普段あまり見ないお菓子が次々と出てきます。


「わあ、おいしい」


 普通においしかったので思わずエドモンド殿下と知り合いになってしまったことも忘れ、しばらくの間楽しんでしまいます。


「お待たせしてしまったね。改めて、先ほどはありがとう」


 それから一時間ほどして、エドモンド王子が部屋に入ってきます。

 私は慌てて食べる手を止めて彼の方を見ました。


「いえ、私は思ったことを述べただけでございます」

「君のおかげで彼が助かっただけでなく、いくつかのことが分かったよ」


 そう言ってエドモンドは私の向かいに腰を下ろします。


「僕は隣国からやってきた訳だが、僕をもてなしてくれたのはエクタール公爵家というこの国の大貴族だ。彼が僕の接待役として色々準備をしてくれた訳だが、この屋敷はしばらく使われていなかったそうで、例のおそらく例の蛇が棲みついていたのだろう。そして先ほどの男が蛇の犠牲になって倒れた。


 その時僕が外出していたから公爵家の医者が診てくれたようだが、彼はすぐに蛇毒であることに気づいた。しかし蛇がいたとなれば接待の準備に不備があったと認めることになってしまう。そこであえて病状を偽ったらしい。それに、グロドボロ熱の薬などそうそう見つからないから、探している間に二人きりになったところで毒を吸い出そうとでも思ったのかもしれない。きっと今頃エクタール公爵家は大騒ぎだろうが……何にせよありがとう」


 まさかそんな大人の事情があったとは。

 そしてそういう事情で診察を曲げるとは、やむをえない側面があると思いつつも許せないと思ってしまいます。


「は、はい」

「普通は薬屋なんて頼まれた薬を売るだけでいい。医者がすでに診療結果を出しているのに余計な診察なんかして間違えたら責められるだけだ。それなのにわざわざ来てくれてとてもありがたかった」

「いえ、実はまだ店を開いたばかりなもので」


 正直、何かポリシーがあってやったというほどのことではないのでそこまで言われると逆にむずがゆくなってしまいます。

 すると殿下は驚いたように口を開きました。


「本当か? 確かにその若さだが……もしかして一人で店主をしているのか?」

「そ、そうです」

「それは申し訳ない! そうと分かればこんなに引き留めなかったのに!」


 すると殿下は急に頭を下げ始めました。

 そんなことをされると今度は私の方こそ恐縮してしまいます。


「お、おやめください殿下! そのようなことをされると困ります!」

「確かにそうか。ならば今日はもう店に戻るが良い。後日、改めてお礼にうかがおう」

「ありがとうございます」


 こうして私は隣国の偉い方々に見送られて屋敷を出たのでした。

 屋敷を出てもいまだに起こったことの実感がわかず、私はふわふわしたままでした。

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