殿下の来店

 それから数日の間、私は王宮に赴いたときの出来事が嘘だったように、普通に営業をしていました。相変わらずお客さんは呼び込みしてようやくちらほら現れる、という感じが続きました。もう少し積極的に、例えばビラを配るとか広告を貼らせてもらうなどの宣伝をするか、それとも思い切って暇な時間は自分の勉強に充てようか、などと考えていると。


 不意にガラガラという音とともに、店の前に大きめの馬車が停まりました。

 もしやと思って店を出ると、あの時に出会ったエドモンド王子と執事、そしてもう一人知らない人物が馬車から降りてきます。人通りの多い道だったこともあり、周囲の人々は「一体何でこのお店に!?」などと驚いていますが、殿下はにこやかにこちらに歩いてきます。


「やあ、先日はありがとうセシル。今は少しお邪魔しても大丈夫かな?」

「は、はい、いつでも大丈夫です! 大したおもてなしも出来ませんがどうぞ」

「いや、今日は僕はお礼に来たんだ。あまり気を遣わなくて大丈夫だ」


 殿下はそう言ってくれますが、隣国の王子殿下が来ているのに気を遣わないことは出来ません。私は慌ててキッチンに駆け込むと、慌てて紅茶を淹れてお茶菓子も持っていきます。


「ありがとう」


 そう言って殿下はカップを持ったまま店内を見回しています。店内を見回るならお茶は出さない方が良かったでしょうか? そして殿下は店内を見回していますが、内装も品ぞろえもまだまだ立派とはいえません。そのため、見られるたびに恥ずかしくなってしまいます。


 一通り中を見回すと、殿下は私の前に立って話しかけてきます。


「驚いた、本当に君ぐらいの年齢の子が一人でやっているとはね」

「いえ、オープンしたばかりで品ぞろえもお客さんの入りもまだまだです」

「とはいえ、お店を開くほどのお金があり、しかも薬学や医学に対する知識がある程度あるということはもしかして何か事情があるのかい?」


 確かに、普通の平民の子だとこうはならないでしょう。

 貴族や豪商など金持ちの家の出であれば、一人で店をやるということにはならないはずです。


「そうですね。ちょっと色々ありまして」


 さすがに隣国の殿下に我が家のごたごたを知られるのは恥ずかしいので、そう言って苦笑します。


「なるほど。ではいくつか薬をもらおうかな」


 よく見ると、殿下と一緒にやってきた知らない男が薬をいくつか見繕っています。そして彼は選んだ薬を私の元に持ってきました。代金はいいです、と言おうとしましたがそれだと殿下が「立場を利用してただで商品をもらっていった」人物になってしまうので、逆に受け取っておいた方がいいでしょう。


「実は彼は僕の侍医でね。あの時は僕と一緒に外出していたから屋敷にはいなかったんだが、後から君の話を聞いて驚いたらしい」

「はい、その場で臨機応変に正しい診察をするのは難しいことです。それが出来る方が調合した薬であれば素晴らしいものなのではないかと思いまして」


 そう言って彼は私の目の前で薬の包みを開けていきます。私のすぐ目の前で観察されるのは恥ずかしいですが、彼は丸薬を見て驚きました。


「色合いを見れば大まかな抽出制度は分かるのですが、丁寧な抽出が行われていますね。同じぐらいの値段の市販薬であれば普通はコストを下げるために、大量の薬草からまとめて抽出を行うため、精度が粗くなるものです」


 確かに私は一度の抽出量をあまり多くしていないので、結果的に丁寧になっているのでしょう。もっとも、その理由はまだ店があまり流行ってないのでたくさん抽出する必要がないからですが。


「私が日頃から殿下のために調合している薬の品質に目劣りしないでしょう」

「それはすごいな」


 侍医の言葉に殿下は感嘆します。

 確かに、私は元々王家や貴族家に出入りしている医者相手に勉強していたので、それに目劣りしないものを作ることが出来たのかもしれません。


「お褒めいただきありがとうございます」

「しかも君はまだ若い。これからは国を代表する薬屋になるかもしれぬし、隣国の者ながらそうなって欲しいと思っている。だから……そうだな、この前のお礼として僕のサインを揮毫していこう」

「え、よろしいのですか!?」


 私はあまり詳しくは知りませんが、前に父上が出入りの商人にサインを渡しているのを見たことがあります。商人はそれを店に飾ることで「こんな人物もうちの店を利用してくれている」と客に見せることで信用を得ることが出来るのです。

 貴族でも十分すごいのに隣国の王子からサインを戴ければ、かなりの信用と宣伝になるでしょう。

 突然のことに私は望外の喜びで胸がいっぱいになりました。


「ああ、隣国の医療が発展するのは僕も望むところだ」

「ありがとうございます!」


 そして殿下は色紙を一枚用意し、さらさらとサインを書いてくださるのでした。私はそれを家の中にあった古びた絵が入っている額縁に入れ、カウンターの奥に飾ります。

 これで店内に入ったお客さんからはばっちり見えるでしょう。


「ではこれからも頑張ってくれ」

「はい、殿下もお気をつけてお帰りください」


 こうして殿下は店を出ていったのでした。

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