診察

 すると、そんな私の元に一人の男性が走ってきます。一般の街の人とは違い、着ている服装から考えると身分ある人の執事みたいです。走りながら「薬屋はどこだ?」と叫んでいますが、その声には隣国のアルムガルド訛りがありました。隣国から我が国に来ている身分ある方に仕えているのでしょう。

 彼は私を見つけると少し焦ったように声をかけてきます。


「おい、ここは薬屋なのか!?」

「は、はい、そうですが」


 彼の勢いに私は少し気圧されながら答えます。


「実は急ぎグロドボロ熱の薬が欲しいんだ! 扱っているか?」


 グロドボロ熱というのはどちらかというと南方の熱帯地方でよくある病気で、この辺ではあまり見かけません。かかると熱や吐き気とともに、体の一部に黄斑が出てくるのが特徴的な病気です。


 とはいえ、一般人なら偶然感染してしまうことがあるにしても、ある程度衛生的な生活を送れる身分ある人がこの辺りで急に感染するとは思えません。


「失礼ですが、それは本当にグロドボロ熱でしょうか?」

「そうだ、医師もそう言っていた! それで薬はあるのかないのか!?」


 幸い私の手元に薬はあります。しかし私は引っ掛かることがありました。


「薬はあります。しかしグロドボロ熱はこの辺りで簡単に罹るようなものではありません。その方は最近南方かどこかに行かれましたか?」

「いや、行ってないが……」

「でしたら薬を持っていきますので、一度症状を診させていただけませんか?」

「わ、分かった」


 本来は私は医者ではないのですが、有名な病気の症状であればある程度把握しているので誤診は防げるのかもしれません。

 こうして私は初日から看板を「閉店中」に付け替え、店を出るのでした。




 私が連れていかれたのは王宮の離れにある建物の一つでした。そこには私を連れてきた男の他、たくさんのアルムガルド王国の人々が滞在しています。おそらく、アルムガルド王国から身分が高い人物がやってきているのでしょう。


 王宮内には離れの建物がいくつもあり、こうして客人があったとき、もしくは王都に屋敷を持たない遠方の貴族がやってきたときなどの滞在場所に使われています。執事の男が向かったのは一番大きな離れで、小さな屋敷ぐらいの広さの建物でした。よほど名のある方が来ているのでしょう。


「こちらです」


 私は執事に連れられて建物内に入ると、とある一室に案内されます。そこには一人の男が寝かされています。聞いていた通り、顔には小さな黄斑が浮かび、苦しそうな寝息を立てています。そして少し離れて何人かの人々が彼の病状を見守っていました。

 そのうちの一人が私を連れてきた執事に声を掛けます。


「薬は見つかったか!?」

「ああ」

「その女性は誰だ!?」

「薬屋の店主で、薬を服用させる前に直接診させて欲しいと言うんだ」


 執事も私の申し出に対して困惑しているのがうかがえるような口ぶりです。


「私の診療を疑うのですか!?」


 それを聞いて部屋の隅にいる白衣の男が抗議の声を上げます。おそらく彼が医者でしょう。そして彼はアルムガルド人ではなく、ここベルガモット王国の出身のようです。


「そう言う訳ではないし、診療する人が多くて損はないだろう」


 執事がとりなすように言い、私の方を向きました。


「ではお願いする」

「分かりました」


 私は病人の隣に座り、まずは体を見ます。実際彼は熱と黄斑があり、グロドボロ熱の症状が出ていました。


「失礼します」


 そう言って私は布団をめくり、首から下の彼の皮膚を見ました。しかしそこにはあるべき黄斑がありません。グロドボロ熱であれば全身に斑点が出るでしょう。私がもっと病気に詳しければ斑点だけで何の症状か分かるのに……と思いながら再び顔の斑点に目を戻しました。


 すると、斑点に混ざって耳たぶに二つほど小さな丸い穴のような傷が見えます。目立たない小さい傷ですが、新しいです。これはもしや、蛇の噛み跡でしょうか。


「この方はどこで倒れたのでしょうか?」

「ああ、この屋敷のキッチンだ」

「ここに蛇は出ますか?」


 私が尋ねるとなぜか医者がびくりと体を震わせます。

 が、執事の男は首をかしげました。


「いや、ここはエクタール公爵家が事前に我らを迎える用意をしてくださった屋敷だが……蛇が何か?」

「もし熱病が原因なら黄斑は全身に出るはずです。しかし彼は顔にしか出ていません。そしてここに小さいですが、蛇の噛み跡があります。ということはこれは蛇毒による症状の可能性が高いです」

「なるほど。それなら薬よりも毒を吸い出す必要がある訳か。実は私はアルムガルドの南方の出身で、そちらではまあまあ蛇が出没するのだ」


 そう言って執事の男は彼の耳たぶに噛みつくような体勢をとり、しばらくすると吸った血を近くにあったたらいに吐き出します。確かに彼の言葉通り、非常に慣れた動きでした。一方の医者風の男は自分が診察を間違えたからか、蒼白な表情をしています。


 その動作を何度か繰り返すと、心なしか倒れていた男の症状が少し良くなってきたようでした。

 それを見て私はほっとするのでした。

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