Ⅱ
初めてのお客さん
さて、新居を決めた私は早速行商のトールに頼まれた胃薬の調合を行うことにします。トールが求めているのはおそらく軽い食あたりや普通にお腹を下した時に飲むような薬でしょう。
私はまず大通りの薬屋を見て大体の値段を把握します。残念ながら質は服用しないと分かりませんが、それくらいの値段で出来る限り質の高いものを調合すればいいはずです。
帰りに私はウリエという薬草を買います。一般的な胃薬に使われる薬草で、お腹の調子を整える効果があります。私はウリエを細かく切って洗い、小鍋に水を張って火にかけます。しばらく煮ると沸騰してくるので、それから少し時間が経つと残った草を取り出し、鍋に残った水分を蒸発させます。するとウリエの薬草から薬の成分だけを取り出すことが出来るのです。
そこで私はトールが言っていたことを思い出します。彼は年を重ねてよく胃がもたれると言っていました。そこでウリエの薬草とともに胃に優しい薬草を煎じたものを混ぜて丸薬にしました。
基本的に胃薬の大まかな作り方は誰がやっても変わらないので、薬草からの抽出をどの程度丁寧に行うか、そしてその成分を一粒にどのくらい入れるかで個性が出ます。抽出が荒いと効果が薄かったり、胃に悪かったりしてしまい、成分を多く入れると効きは大きくなりますが、その後に便秘になったり胃が荒れたりしてしまうのです。
とはいえ一人分では材料が余ってしまうので、私はそれらの成分の比率を微妙に変えたものをいくつか作りました。
また、他にも風邪薬や頭痛薬など一般の人が買うような薬を何種類か作っておきます。その辺の品ぞろえがあれば最低限お店としての体裁は整うでしょう。薬の準備だけでなくお店の準備もしなければなりません。棚や看板などを用意しているうちにあっという間に五日が経過し、トールがやってきます。
「やあ、準備はどうだい?」
「ぼちぼちです。とりあえず中へどうぞ」
まだお店はちゃんと出来ていないので一階の部屋に通しました。
「準備することが多くて大変ですが、とりあえず胃薬はいくつか出来ました」
「いくつか?」
私の言葉にトールは首をかしげました。私はトールの前にいくつかの丸薬が入った包みを並べます。
「右のものの方が効果が強いです。左に行けば行くほど効果は弱くなりますが、胃に優しくなります」
「ほう、胃薬というのは全部同じようなものかと思っていたのだがそうでもないのか」
「もちろんです。正直どれがちょうどいいのかは服用しないと分からないので、いくつかのパターンを作ってみました。値段はどれも銀貨一枚です」
銀貨一枚というのは胃薬を十粒ほど包んだ時の平均的な相場のようです。
「そうか。それならこれとこれをもらっていこうか」
するとトールは少し考えた末に、右寄りと左寄りの包みを二つ選び、私に銀貨二枚を手渡しします。
「ありがとうございます」
「しかし同じ胃薬でも何パターンも用意してくれているのはありがたいな。旅先で薬を切らして急に買った時なんかは効能が弱かったり、胃に優しくなかったりで困ることもあったんだ」
「人によって求めている薬は若干違うので何パターンも作るのは当然ではないでしょうか?」
「いや、よほど大きな店でなければ、そういうお店はあまりないが」
トールは驚きました。
言われてみれば、他の薬屋では一つの薬がそんな何パターンも用意されているお店はなかった気がします。まあ胃薬を買う人の数は決まっているので、胃薬を何種類も作っても売上は変わらないというのは分かりますが。それよりは取り扱う薬の種類を増やす方がよほど売上は上がるでしょう。
「あの、もし良ければ今後もっときちんとお店を開くので宣伝していただけないでしょうか」
「ははは、若いのにしっかりしてるねえ。とはいえそれは薬を飲んで効果を試してからだな」
「それは確かにそうですね。一応風邪薬や頭痛薬も取り揃えておりますし、他にもオーダーメイドも承っていますのでまた来てください」
そう言って私はぺこりと頭を下げると、彼は軽く手を振りながら去っていくのでした。
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