新居
「ふー、こんなに歩いたのは久し振りだから疲れた」
夕方、私はへとへとになりながら宿に戻ってきました。貴族令嬢だったときはあまり自分の足で歩くことはなかったので、一日中街を歩き回るとすっかり疲労困憊です。
宿に戻って併設されている食堂へ向かおうとすると、ちょうどこちらにやってきたサリーの姿が見えます。
「どうでした、セシルさん?」
「結局全部の家を周り切れませんでした。街を歩いていると色々気になるものがありまして」
あの後私は商店街を出て家を見て回ろうと思いましたが、商店街以外にも色々な店があったり、道に迷ったりしてもらった資料の家全部を周り切ることは出来ませんでした。
それを聞いてサリーはおかしそうに笑います。
「当然ですよ。むしろちゃんと街全体を見てから決めるのは良いことだと思います」
それを聞いて私はほっとしました。一日で回り切れなかったからといって私が遅かったという訳ではなかったようです。
「本当に!? 良かった、正直半分観光になりかけていたんです」
「そういうものですよ。ずっと住むところですから数日かけても短いぐらいです」
「なるほど」
「ではもし決まったら教えてくださいね」
「ありがとう」
そう言ってサリーは帰っていくのでした。
それから私は街をうろうろしながら新居の候補を色々見て回りました。
いくつか気づいたのは、商店街と一口で言っても街の入り口付近か中心付近かで並ぶ店が全然違うということです。入り口付近はどちらかというと屋台や観光客向けが多く、中心付近はどちらかというと高価なものが多く、その間に普通の生活雑貨の店が多くあります。
また、商店街の近くにも道がいくつかあり、商店街の人が流れてくるところとそうでないところの差がくっきり分かれていました。
そんなことも考えつつ、私はさらに三日ほどかけて全ての家を見て回り、バーンズ商会に戻ったのです。
「おお、随分時間がかかったじゃないか」
私がやってくると、マリクさんは忙しいのにも関わらずサリーとともに私を出迎えてくれます。
「はい、街のことも家探しのことも全然分からなかったので、まず基本的なことを知るのにかなり時間がかかってしまいました。それで一つだけ尋ねたいことがあるんですが、いいでしょうか?」
「いいだろう」
「こちらの一軒家は一つだけ他と比べて明らかに好条件ですが、何か理由があるのでしょうか?」
そう言って私はその家が書かれた紙を見せます。
他の物件はおおむね他の人が貸し出している物件と比べて相場通りなのですが、ここだけは明確に相場よりお得なのです。
「ふむ、そこまで中が広い訳でもないし、築年数も古いのに、どうしてそう思う?」
「まずここは大通りから近い上に、大通りから枝分かれしている道の中でも特に栄えている道に面しています。それに近くには警備兵の詰め所があるため多分治安もいいでしょう。そのため、普通に生活するにもお店を出すにもうってつけの場所だと思います」
「おお、よく分かったな。そしてそう思った後にそこに即決せず、理由を尋ねるのもお見事だ」
マリクさんは少し驚いたように言います。
「はい、他にも一見得に見えても尋ねてみるとそれ相応の理由がある家がいくつかあったので」
実は周辺の治安が悪いとか、虫がよく出るとか、隣人がうるさいとか理由は様々ですが、お得な家には訳がありました。ですがこの家だけはそう言ったネガティブな情報は分からなかったのです。
「なるほどな。ただの世間知らずではないようだ。もちろんこの家の家賃が安いのには理由がある。実はこの家で少し前まで住んでいた住人が自殺したんだ」
「なるほど」
それを聞いて私は納得しました。確かに前の住人が自殺した家になど誰も住みたくはないでしょう。
「その後衛兵による調査が入ったが特に事件性はないことが分かったし、今は前の住人の痕跡も片付けられている。どうする?」
「でしたらここにします」
それを聞いて私は即決しました。確かに気味は悪いですが、私が調べた限りここはお店を始めるにはうってつけのところです。
「分かった。それなら早速明日から住むといい」
「はい、ありがとうございます!」
こうして私の家はすぐに決まったのでした。
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