ラタンの街と新居探し
翌日、早速私は朝起きると街に出ることにしました。昨日はさっさと寝付いてしまったので目覚めもよく元気です。
街に出ると、朝からたくさんの人々が往来を行きかっています。そしてそんな人々に声をかける商人の声が大きく響いています。どの商人も皆立派そうで、彼らに混ざって私なんかがやっていけるのか、どきどきします。
そんな中、私はもらった物件の資料を見ながら最初の家に向かいます。と言っても、初めての街なので住所だけ見て目的地にたどり着くのはそれだけで大変でしたが。
そんな訳で一件目に着くころにはすでに昼前になってしまっていました。そこはいわゆる集合住宅で、いくつもの部屋が一つの大きな建物に入っていて、そこにそれぞれ別の人が暮らしているというものです。屋敷で暮らしていた私には少しなじみがないですが、確かに家賃は安いです。それに建物の中を覗いてみると思いのほかきれいで、掃除も行き届いていました。
「おや、お嬢ちゃん新居探しかい?」
私が家の周りをうろうろしていると、一人のおじさんに声をかけられます。
「そ、そうです」
「いきなり話しかけてすまないね。わしはここの管理人をしている。ここは日当たりもいいし、商店街からも近いからなかなかいいところだと思うよ」
確かに管理人がいるのは安心です。一軒家にはない利点といえるでしょう。
それから、日当たりや立地というのも考慮しなければならないのか、と私は思い至ります。そこで私は思い切って彼に訊いてみることにしました。
「あの、他にも家を選ぶために気にしておいた方がいいことってありますか?」
「どういう家を探しているのかが一番大事だが……家賃や間取り、設備は鉄板として、よくいく施設やお店に近いのがまずは大事だろうね」
確かに屋敷に住んでいた時と違って気楽に馬車を出したり使用人に買ってもらったりということは出来ません。
「それからお嬢ちゃん一人暮らしかい?」
「はい」
「それだと安全面も大事だろうね。その点ここはわしが管理人をしているから他の集合住宅よりはお勧めできる」
「なるほど……ありがとうございます、他のところも見てきますね」
「おお、是非ここに住んでくれ」
そう言っておじさんは手を振ってくれるのでした。
さて、私がよく利用するところと言えばおそらく商店街でしょう。そう思った私はとりあえず商店街を見にいくことにします。大丈夫とは思いますが、商店街に私が求めるような薬の材料が売ってなければ、他のところを探さなければなりません。
商店街、というのは街の門から中心部へと通る大通りとその周辺のことで、一番人が通る道にたくさんのお店が出店しています。八百屋や肉屋といった食料品関係、それから生活雑貨を売る店が多いですが、武器屋、道具屋、それから薬屋などもあります。
店を開くのだとしたら家と店を分けるのかどうかも考えなければなりません。店と家を一緒にするのであれば、最初からお店にも適した場所を選ぶ必要があります。
商店街の中を歩いていくと、しっかり建物を構えている店の他に屋台や露店形式で出店している店も多くあります。そういう店は行商人に多く、辺境や特定の地方でしか取れない珍しい薬の素材もそこに売っています。
が、そんな商店街を歩いていると屋台から様々な香ばしい匂いが漂ってきます。ちょうど昼過ぎに差し掛かっていたこともあり、気が付くと私はそちらに吸い寄せられていきました。
「お嬢ちゃん、可愛いね。もしうちで食べてくなら一本おまけするよ?」
不意に私は声を掛けられます。
見るとそちらにあったのは肉を串に刺して香ばしいタレをかけて火で炙ったものを売っている屋台でした。
「あ、ありがとうございます。それでは一本ください」
「まいど! この街に来てラタン豚の串焼きを食べずに帰るのは人生の損失だよ」
私が一本分の代金を払うと、店主のおじさんが大袈裟なことを言いながら二本の串を手渡してくれます。
焼きたての串は熱々で香ばしく、とても食欲をそそります。屋敷で育てられたときは絶対に出ないようなものですが、こうして見てみるととてもおいしそうです。
私はしばらく息を吹きかけて冷ますと、肉を口に入れます。
焼きたての肉に香辛料をふんだんに使っていそうな香ばしいタレがかかっていて、熱々にも関わらず私はやみつきになります。
せっかく二本もらったのに、気が付くと手元には何も刺さっていない木串が二本残っていました。
そんな私におじさんはにこやかに声を掛けます。
「どうだい、おいしかっただろう? 良かったらこの街の名産、ラタン冷茶も一緒にどうだい?」
確かにあの肉串はとても喉が渇きました。何かうまく商売されたような気もしますが、私は冷茶も買ってしまいました。
熱くて味が濃いお肉を食べた後に飲む冷茶は爽やかでとてもおいしかったですが、街というのはすごいところなのだな、と改めて実感しつつ私は午後の物件視察を再開するのでした。
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