冤罪
「うっ、苦しい」
突然カシャーン、と音を立ててクロードの手からティーカップが滑り落ち、床にぶつかって砕け散ります。先ほどまで私とお茶を楽しんでいたはずのクロードは苦悶の表情を浮かべてお腹を抱えていました。眉目秀麗で普段は微笑みを絶やさない彼がここまで苦しんでいるのを見たことがありません。
「ど、どうしたの!?」
その日、私セシリア・バナードはいつものように婚約相手であるクロードの実家、カンタール伯爵家に招かれて一緒にティータイムを楽しんでいました。
しかし突然目の前のクロードがまるで発作でも起こしたように苦しみ始めたのです。彼は悲鳴を上げて椅子から転げ落ち、床でのたうち回っています。私は慌てて彼の元に駆け寄り、声を掛けながら背中をさすりました。
「大丈夫でしょうか!?」
「うう、苦しい」
が、彼の表情はどんどん苦しそうになっていきます。
今まで彼が何かの持病を持っているという話は聞いたことがありませんし、先ほどまではいたって健康そうでした。それなのになぜ突然苦しみ始めたのでしょうか。
「だ、誰か来てください! クロードさんが!」
私が叫んだ時でした。
突然、バタンと音を立ててドアが開き、一人の女性が入ってきます。
「大丈夫、クロードさん!?」
「エリエ? どうしてここに!?」
私は彼女の姿を見て驚きました。エリエ・グランド。きれいな金髪と少し釣り目がちな瞳がチャームポイントな私の幼馴染です。私のバーナード家は子爵家、グランド家は侯爵家と身分の差はあれど年が近いこともあって、彼女とは幼いころから仲良くしてきました。
しかし今日は私とクロードさん二人きりのお茶会でした。彼女がここにいるはずがありません。
が、私の疑問をよそにエリエはクロードの元に駆け寄ります。
「大丈夫でしょうか!? は、この症状はきっと毒に違いない!」
「毒?」
確かに今まで健康だった人が紅茶を飲んで急に苦しみ出したのなら毒を盛られたと考えるのも無理はありません。しかしこの紅茶は今日私が彼に頼まれて持ってきたもの。しかも先ほど私が自分で淹れたので毒が入っているはずがありません。
「そんな訳はありません。この紅茶は先ほど私が淹れたのですよ」
「いいから。クロードさん、とりあえずこれを」
そう言ってエリエは私の言葉を無視してポケットから粉薬を取り出すと、急いで彼の口元に近づけます。
「ちょっと、原因が分からないのに薬なんか……」
「うるさい、セシリアは黙っていて!」
「エリエ?」
いつもならそんなこと私には言わないのに。私がエリエの態度に気圧されている間に、彼女は粉薬をクロードに飲ませました。
どういう症状で苦しんでいるか分からない人に適当な薬を飲ませるのは危険な場合があります。薬にもよりますが、特定の毒への解毒薬が他の毒と合わさるとさらに強い毒にもなる、というのもありえることです。
が、エリエが薬を飲ませるとクロードは苦しむのをやめました。
そして床に尻餅をついたまま上体を起こすとほっと一息つきます。
「ふう、助かった。ありがとう、エリエ」
「いえ、クロードさんを助けるのは当然のことです。それよりも……」
エリエが何かを言いかけた時でした。
そこへばたばたといういくつかの足音が近づいてきます。
「大丈夫ですかクロード様!?」「悲鳴が聞こえましたが!?」
やってきたのはカンタール家のメイドや執事たちです。
すると彼らに向かってエリエは叫びました。
「大丈夫! セシリアが毒を盛ったけど、私が解毒薬を飲ませたから!」
「え……?」
エリエの言葉に私は凍り付きました。
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