セシルの薬屋

今川幸乃

裏切り

「どういうことエリエ!? 私は毒なんて!」


 私はエリエの言葉にすぐに抗議します。なぜ彼女は私が毒を盛ったなどと言うのでしょうか。

 が、エリエはこれまで私には見せたことがないほど険しい表情を浮かべました。


「先ほどセシリアはこの紅茶を自分で淹れたと言ったよね? それでクロードは苦しんでいる。しかもこの解毒薬で治ったということは毒に違いないわ。もっとも、そんなことは紅茶を調べればすぐに分かるけど」

「違います、私はそんなことはしていません!」


 私は再び叫びますが、実際先ほどまでクロードが苦しんでいて、エリエが治したのは確かなのでカンタール家の人々は皆険しい表情でこちらを見つめています。


 すると先ほどまで苦しんでいたクロードも険しい表情に変わり、私を睨みつけてきました。


「正直に話してくれないか? あの紅茶に毒が入っていたのは確実だ。そしてあの紅茶は君が家から持ってきた茶葉で淹れたものだ。言い逃れは出来ない、そうだろう?」

「そんな……お願いします、信じてください!」


 私は一縷の望みを込めて彼を見ますが、クロードはため息をつくばかりでした。


「はあ、君には裏切られたよ。こんな状況になってもまだシラを切るのか? 誰か、この紅茶を調べてくれ。それが毒だと分かればこいつも諦めるだろう」

「そんな……」


 私は絶句しますが、クロードの言葉に一人の執事がやってきて、紅茶のティーポットを持って部屋を出ていきます。

 私は毒を盛ってはいませんが、先ほどのクロードの苦しみようは演技には見えませんでした。ということは本当に毒が入っていたのでしょう。

 だとしたら一体なぜ。私は必死で考えますが、分かりません。


「大体、何で婚約者の私がクロードさんに毒を盛るのですか? そんなことする理由がありません!」


 政略結婚だったのでラブラブというほどではありませんが、月に何度かお互いの家に赴き、一緒にお茶を楽しむぐらいの間柄ではあったはずです。私は彼に不満を持ったことはありませんし、毒殺しようなどと思うはずがありません。


 が、私の言葉になぜかエリエが眉を吊り上げます。


「理由? 私たちが二人で会ったとき、いつも私にクロードさんの悪口を言っていたでしょう? あんな奴死んでしまえばいいとか何とか。ただの愚痴だと思って聞き流していたけど、それが本当に毒を盛るなんて見損なったわ!」

「何だと!? そんなことを言っていたのか!?」


 それを聞いたクロードが眉を吊り上げます。


「そんなこと、一回も言ってません!」

「あんなに言っていたじゃない!」

「やはり毒が含まれておりました!」


 そこへカンタール家の執事が険しい表情で戻ってきます。

 その一言が最後の決め手となり、その場にいる人はクロードも含め皆が私を犯罪者を見るような目で見てきます。


 そんな、エリエとは昨日も一緒にうちでお話ししたばかりなのに。それが何でそんな嘘で私を陥れるのでしょうか。


 そこで私は思いつきます。本来いるはずのないエリエがこの屋敷にいる。そしてなぜか紅茶に入っていた毒にちょうど合う解毒薬を持っている。そんな偶然があるでしょうか。


 そしてそもそもこの紅茶はクロードが飲みたいと言っていたのを私が用意したものです。そのため、もしエリエがクロードと仲がいいのであれば、それを知っていてもおかしくありません。さらに言えば昨日私とエリエが会ったとき、私はエリエを部屋に残してお手洗いに行ったタイミングがありました。つまりエリエであればこの事件を仕組むことが出来るのです。


「でも一体何で……」


 それこそエリエがそんなことをする理由が分かりません。


「エリエ、一体何でこんなことを!」

「セシリア、早く自分の犯行を見つけたら? 大体他人に毒を盛るなんて思いつくのはセシリアだけでしょう?」


 エリエはこれまで私に見せたことのないような、ぞっとするような目でこちらを見てきます。確かに私は母が病弱だったため、幼いころから薬の勉強をしていました。ですがあくまで薬の研究をしていただけで、毒を盛るのとは話が違います。


「お願い、話を聞いてください!」


 が、気が付くと私はカンタール家の使用人に囲まれていました。


「大人しくついてきてもらおうか」

「はい。でも私は本当にやっていません」

「うるさい! すでに動かぬ証拠が出ているだろうが!」


 使用人たちは本当に私がやったと確信しているのでしょう、容赦なく怒鳴りつけてきます。

 そして私は乱暴に腕を掴まれると引きずるようにしてどこかに連れていかれました。


「助けてくれてありがとう、エリエ」

「いえ、クロードさんのためならこのくらい当然ですわ」


 一方、その後ろではなぜかエリエとクロードがまるで恋人のように親し気に見つめ合っているのでした。

 もしかして二人はずっと……去り際、ようやく私はそのことに気づいたのですがすでに全てが手遅れだったのです。

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