ボッチがつらくてクレーンゲームに没頭してたら、いつの間にかリア充になってました。

鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中

ボッチがつらくてクレーンゲームに没頭してたら、いつの間にかリア充になってました



「わお! もこふわファンシーパラダイス!!」


 俺の部屋を見た恋人・沙織の第一声がこれである。まあ部屋中ぬいぐるみとクッションだらけなのでしょうがないのだが。


「え、これ全部クレーンでとったの? マジで?」

「そうだよ、全部が戦利品」

「おおぉ……てかサメの存在感ハンパないね!」


 俺のベッドの上には、誕生日に沙織から贈られた長さ九十センチのサメが鎮座している。

 恋人からのプレゼントを他の景品と一緒くたにしたくないと思った結果の特等席だ。寝る時ももちろん一緒である。


 目をキラキラさせながら部屋中を眺める沙織に「適当に座ってて」と声を掛け、飲み物とお菓子を取りに一旦台所へ離脱。フゥーと大きく息を吐いて深呼吸。


 初めての恋人である沙織を、初めて部屋に招いた。緊張しない童貞がいるだろうか、いや、いない。

 部屋に招き入れ、他愛のない会話を交わしただけで手がじっとりと湿っていて、自分でも引いた。


 落ち着け、俺。沙織はただ単に遊びに来ただけだ。そこに不純な意思は一切介在しない。


 冷静さを取り戻すために、俺は彼女が遊びに来るきっかけとなったやり取りを思い返した。



 ◆



「推しグッズ三千円分のお返し? いらないよ」

「いやいやいやいや。いくら彼氏からでも、三千円分タダで貰っちゃダメでしょ!」


 切欠となったのは、俺が沙織の推しキャラのグッズを三千円分クレーンゲームでコンプリートし、プレゼントしようとした事。


「沙織だって、三千円分のサメ俺にタダでくれただろ」

「あれは誕生日プレゼントなのでお返し貰おうなんて考えてないの! ノーカンです、ノーカン!」


 そう、サメ。沙織は日頃俺にクレーンで推しグッズを取って貰ってるお返しも兼ねて、クレーン限定のサメのぬいぐるみを自力で獲ってプレゼントしようとした。

 結局そのサメは最終的に俺の手で獲得する事になったのだが、そこら辺は割愛する。


 だが、彼女が俺へのプレゼントサメを手に入れる為に、買いたいネイルや食べたいスイーツを我慢してまで軍資金を捻出したと聞いた時、俺の何かに火が付いた。


 俺の為に好きなものを我慢させたのなら、彼女の好きなものを――彼女の推しを揃えて報いるしかない!


 野口を三枚握りしめゲーセンに突撃した俺は推し狩りを敢行。今まで一人で培ってきたクレーンゲーマーとしての能力を全て使って、沙織の推しグッズを完全制覇コンプリート

 ついでに俺とお揃いのサメも添えて、沙織にプレゼントした――のだが。


「こんなの、タダじゃ受け取れないよ!」


 と言われ、「何かお返しをしたい」という話になった。


 俺は好きなことに好きな様に金を使っただけなので、お返しを貰うつもりなんてないのだが、沙織は引き下がる様子がない。

 一度決めたら何が何でもやりきる性格なので、「お返しは要らない」と言っても、納得しないだろう。


 では「お返し」に何を貰うか。金がかかる事は論外。金をかけずに彼女が納得する対価――……


「じゃ、じゃあ。今度の休み、俺の家で一緒に遊ぼう」

「……優くん?」

「うん」


「それはつまり……おうちデート?」

「……うん、そんな感じで、お願いします」


 「金を使わないお返し」という物に対する苦し紛れの回答だったのだが、意外にも納得してくれたので良しとする。


 という訳で今日、沙織は俺の部屋に遊びに来てくれたのだった。



 ◆



「優くんていつからクレーンゲームにハマったの?」


 周りに戦利品のぬいぐるみを侍らせて、お茶請けのお菓子にパクつきながら沙織が聞いて来た。


「あー……高校受験終わって、息抜きにやってみたのが最初かな」


 最初は本当にただの息抜きだったのだ。

 だが、やってみると簡単そうに見えて奥深い。景品の角度、アームの位置、ボタンを留めるタイミングが少しでも狂うとほんの少ししか動かせない。それでも少しずつ動くので『次こそは!』とついついお金を入れてしまう。


 それまでずっと勉強漬けだった反動からか、気が付けば没頭していた。


 頭を空っぽにして、成果を挙げるため少しずつ試行を重ね、軍資金が足りるか否かの瀬戸際で、プレッシャーに負けずに如何に少ない回数で戦利品を獲るか。


 初めて景品を自力で獲得できた時の感動は今でも忘れていない。

 自分の手で、自分が得たいと思ったものを手に入れられる。努力が技術となって身について、景品と言う成果になる。


 それに気づいてからはもう、あっという間だった。


 食費も兼ねて渡されていた毎月の小遣いをやりくりし、ほぼ全部クレーンゲームにつぎ込んだ。

 軍資金が足りなくなったら、それまで取った戦利品をフリマアプリで売って稼いだ。おっと、アニメ系のグッズを高額転売とかはしていない。怒られるからな。

 主にぬいぐるみ系を良心的な価格で売っている。小さいぬいぐるみなら一回で三~四個取れるから、一個五百円でも充分元は取れるのだ。


「学校で勉強やってるより、ずっと楽しいよ。周りにあれこれ言われないで、頭空っぽにして一人の世界に集中できんの」

「んー……高校って楽しくないの?」


 来年から受験生になる沙織がコテリと首を傾げて聞いて来る。


「高校が、っていうか学校っていう環境が楽しくないんだよ。周りに合わせて行動するために、周りの目ばっかり気にしなきゃいけない。

 授業だって受験の時にしか役に立たない知識を、一日何時間も机に座りっぱなしで詰め込んでさ。


 俺は俺の事で手一杯なのに、誰かと一緒に過ごさなきゃ『陰キャ』とか『ボッチ』とか言われて笑いものにされんの。

 俺は好きでそうなってる訳じゃねえのに。やめろって怒ったら、今度はそれを嗤われるんだ。


 疲れるよ、嫌なこと言われても笑ってなきゃなんねえの。こんな事頑張るためだけにずっと勉強させられてたのかって思ったら、通うの馬鹿らしくなっちまった」


 良い高校に入って、偏差値高い大学に合格して、高学歴でいい就職先を見つける為に勉強をしなさい。と母はいつも言っていた。


 俺が高校に行かなくなってからは、口もきいていない。


 父は単身赴任で金だけ家に入れてくれているが、もう何年も会ってなかった。


「今の方がずっと楽だよ。一人で、周りの目も気にしないで、やりたい事に夢中になれる……て、ああゴメン。ずっと喋りっぱなしだった」


 ひたすら自分の事ばかりでつまらなかっただろうかと思ったら、沙織は首を横に振って言った。


「……一人が好きな優くんが、あたしと付き合ってくれてるの嬉しいなって思った」


 うへへへへ、と妙な照れ笑いをする沙織を抱きしめそうになる衝動をグッと堪えて、ベッドを占領していたサメを引き寄せて顔を埋めた。


 沙織と出会ったのは、クレーンゲームをやり込み過ぎて楽しみを見出せなくなっていた頃だ。入ったばかりの新しい筐体の前で、目当ての景品が取れずに唸っていた彼女を見かねて取ってあげたのが始まり。


 その時の笑顔を見てしまってから、俺は一人で没頭するためでなく、彼女の為にクレーンゲームをするようになっていた。


 今はお前に夢中なんだ、なんて歯の浮くようなセリフを言えるだけのメンタルは持ち合わせていなかったので、隣にいた彼女の頭を遠慮なくぐりぐりと撫でた。

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ボッチがつらくてクレーンゲームに没頭してたら、いつの間にかリア充になってました。 鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中 @hato_i

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