第2話 刻まれる傷、増える傷

 いじめはどんどん広がっていきます。

最初は上級生のごく一部。そこから上級生の…そうですね、所謂いわゆる不良少年少女たちへ。更に同級生の不良少年少女たちへと広がっていきます。


そして、学校内に逃げ場が無くなりました。

読み手のあなたは


「学校の先生とか親に相談すれば良いじゃん」


と思ったかもしれないですね。

もちろん相談しましたとも。相談した結果どうなったと思いますか…?


 先生に相談したことでいじめは無くなったのでしょうか? は…。


 小学生の頃のいじめ全盛期は3年生~4年生くらいの頃です。

そして私のココロが壊れ始めた時期もこのあたりからです。


 学校内での「いじめ」は成長するにつれ手口の陰湿さが増し、さらに暴力も増えてきます。


 ある日普通に登校すると上履きがありませんでした。下駄箱を探し回って使われていない場所に隠されているのを見つけました。

しかし、ここで安心してはいけません。念のため上履きを逆さにし、振ってみたところ中から数個の画鋲が……。この時今まで以上に身の危険を感じたので、思い切って先生に相談してみました。


幸い私の通っていた小学校の先生は本当の意味で生徒思いの先生が多かったため、すぐに動いてくれました。

先生は生徒たちに聞き込みをして私の上履きを隠し、中に画鋲を入れた犯人を見つけ出し私に謝罪をさせました。


――そう、これが引き金になったのです。


 いじめの主犯含め今まで私をいじめてきた同級生や上級生は、しばらくの間はおとなしくしていました。先生たちの目が光っているうちだけは。

しかし、そんな状況は長くは続きません。


ひと月もすれば先生たちの目は離れていきます。

すると、「待ってました」と言わんばかりにいじめが再開されました。


 次はあからさまないじめではなく、陰でコソコソと仕掛けてくることが多くなりました。

具体的に言うなら”無視”、”陰口”、”悪い噂”、”落書き”といった精神的にダメージの大きい手口が増えました。

もちろん物理的な手口が減ったわけではありません。

廊下ですれ違いざまに体当たりをされるたり足をかけられたりすることは日常茶飯事。

先生に相談した後では体当たりだけでなく殴ったり蹴ったりと、攻撃を加えてくることも増えました。

窒息寸前まで首を絞められたこともありました。

そうです。相談したことによって状況が更に悪化してしまったのです。

命の危険を感じるほどに…。

しかし、という事実がある以上、命の危険を感じても先生に相談することはありませんでした。

これ以上いじめの状況が悪化すると、殺されかねませんからね。


 これがいじめの大きな特徴の一つです。小学生の場合、何かあれば頼るのは親か先生になると思います。つまり、身近な大人ですね。

いじめの加害側はなぜ大人に報告されると更にいじめを悪化させるのでしょう?

理由はいたってシンプルです。


「お前のせいで怒られた」


これです。もちろん他の理由もあると思いますが多くの理由はこれに当てはまるでしょう。彼ら彼女らは自分が悪いことをしているなんて微塵も思っていません。

いじめる理由は人それぞれでしょうが、大半は自身のストレス発散の手段として人をいじめるのです。

加害側の感覚は理解しがたいものですが、考えるなら「ゲーム感覚」なのでしょう。

理不尽でしょう?

それでもいじめをよく知らない人たちは


「いじめられる側にも原因があるんじゃないの?」


と言います。 ですが、被害側に原因が無いことがほとんどです。

まぁ、そもそも被害側に原因があったとしてもいじめて良い理由にはなりませんが…。


 さて、こんないじめが日常的に続いてしばらくすると私のココロにも変化が起き始めます。 まぁ、当然ですね。


自分で言うのも何ですが、元々の私は明るく元気でよく笑い、それこそ喧嘩なんて絶対にしないような子供でした。それがいじめを受け続けた結果が、ココロには常に黒いモヤがかかりココロの底から笑えなくなり楽しいとも思えなくなってしまいました。また、少しのことでもイラついて衝突することも少しではありますが増えました。

そして、大人に相談したが故にいじめがひどくなった。その経験からいじめられていることを隠すようになりました。

というのは、いじめられていることを周囲に悟られないように隠すためです。


そう、これがいじめが発覚しづらくなる理由です。


 いじめを隠すようになると、全てのストレスを吐き出すことなく溜め込むことになります。そうなると自分のココロはどうなっていくのか、言わなくともわかってほしいですね。


――壊れていきます。


もちろんすぐにココロが壊れていくわけではありませんし、壊れる速度も人によって異なります。それは、いじめられることによって生じる過度なストレスを受け止めるココロの容器の大きさが人によって異なるからです。

容器で受け止められている間は、ココロに対して直接的なダメージは少なく済みます。

ですがその受け止められるストレスの量は容器によって異なります。

ただのコップとバケツに水をそそぐとどちらが先にあふれるか分かりますよね?


そうです。これが受け止められるストレス量の違いです。

しかし、ストレスが容器からあふれるだけではそれほど問題ではありません。

大人になっても泣きたくなったり、怒ったりする時があると思います。それは容器から水があふれだしてしまったからです。

では、ココロが壊れるとはどういうことか?

正確にはココロではなく、容器が壊れていくということです。つまり容器の大きさに関わらずストレスを受け止めきれなくなってしまうわけです。

ストレスを受け止める容器から漏れ出した水は、少しずつココロに傷を刻み込んでいきます。


 たまに泣きたくなったり、怒ったりする程度の傷であればそれほど深い傷ではないため時間経過で修復されていきます。 しかし、「いじめ」によって刻まれた傷は深く大きい傷です。 時間経過で傷は塞がるかもしれません。 ただし、傷跡が残ります。


 ココロに傷を刻むのは簡単です。 しかし、一度刻まれたココロの傷を癒すのは簡単ではありません。 それ故に、ココロの修復が間に合わず壊れていくことがあるのです。


 小学生3年生ごろの私の容器は既にボロボロでした。ストレスを受け止める容器として機能していない程に。その頃からです。


「死にたい」


そう思うようになったのは。

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