第16話 心的外傷
無事学校が終わり、俺と志狼は家への帰路に着いていた。だがあの女狐がいつ襲ってくるか分からないまま時が過ぎ、俺は不安な心持ちで歩いていた。
「ユウ兄ちゃん、今日はテストだったけど、兄ちゃんはどうだった?僕は簡単過ぎて、余った時間はずっと寝てたよ!」
実を言うと、俺はアドマ師匠に勉強というものを殆ど教わって無かった。教わったとしても読み書きぐらいだ。だから、初めて学校の勉強というものを体験したが、モノノケ並か、それ以上に怪奇な記号の羅列で思わず頭が痛くなってしまった。
「兄ちゃんは、多分0点かな。なんて書いてあるのかすら全く分からなかったよ。」
「えーっ、うっそだー!ぼくに勉強教えてくれたのはユウ兄ちゃんだよ!?またいつもの、ぼくを笑わすための冗談だよね?」
思わぬ返答に言葉が詰まる。この俺の前世らしきユウは頭が良かったのか。こりゃ失敗したな。
「あ、ああ。いつもの冗談だよ。本当は95点ぐらい取れたかな。朝飯前だ、こんなの」
「だよね!ユウ兄ちゃんがそんな点数取るはずないもの!ユウ兄ちゃんは小説も書けて、空手も剣道も出来て、家のことは全部やっちゃうぐらいのスーパーマンなんだから、学校のテストぐらいなんてことはないよね!」
「あ、ああ。そうだな。」
この志狼という男の子は凄くユウを信頼してるんだな。自分の前世ということで、俺も少し嬉しくなった。
「そういえば、前ユウお兄ちゃんに相談したいことがあるって言ってたんだけど、覚えてる?」
「すまん。完全に忘れていた。」
勿論、俺はユウではなく焚なのでそんな約束があったことすら知らない。こんな純粋な子にシラを切るのも罪悪感があるな。
「じゃあ家に帰るついでに相談するね。」
「ああ、いいぞ。」
「最近、お母さんとお父さんが喧嘩してばかりなのをよく見るんだ。その原因は、お父さんの帰りが遅いのと、お酒とたばこを辞めてって言われても全く辞めないことみたい。それで今度はお父さんがお母さんの粗探しばかりするようになって、今そんな感じなんだ。」
「そこで、ぼくは考えたんだけど、皆で遊園地に行ったら、家族がお互いを思い遣る気持ちも生まれるんじゃないかって。どう思う?」
この子はなんて出来た子なんだろう、自分に非が無くとも、家族のこと第一に思い遣れる。ユウは幸せな兄貴だな。
「スゲぇ良いアイデアだと思うよ。じゃあこんな伝え方ならどうだ?テストで高得点を取れたご褒美として、皆で遊園地に行くってのは。」
「おお!それなら喧嘩のことを知らせずに、自然に伝わるね!流石お兄ちゃん!じゃあ、帰ったらそう伝えよう!」
そんなことを話しながら、俺達は自宅へ辿り着いた。
「で、テストの点数で俺か志狼が満点を取ったら遊園地に連れてって欲しいんだけど、どうかな、母さん、父さん。」
「お前達は良く頑張ってると担任の先生からよく聞くよ。良いだろう。その代わり、遊びも勉学も、両方楽しめよ。必要なことは何でも楽しむのが長続きするコツだ。父さんの釣りだってそうだ。」
「ありがとう、父さん。」
なんとか許可を得られた。その日は志郎とアニメを観た後、晩ご飯を食べて、床に就いた。
お出掛け当日。俺は何時でも女狐が襲い掛かって来ても大丈夫なように、アドマ師匠から言われたことを復唱してた。
「深呼吸、適応、抹殺。すぅー、はー。よし、これでいつでも殺れる。」
だが、本当に大丈夫なのか?ここは奴の領域内。あらゆることが奴の有利に働く。油断こそせずとも、嫌な予感がする。
「ユウ兄ちゃん、おはよっ!」
危うく、都牟刈を展開してる所を見られそうになり焦った。
「あ、ああ。おはよう、志狼。今日は待ちに待ったお出掛けだ。目一杯楽しもうぜ。」
「うん!」
俺達は、歯磨きと朝ご飯を済ませ、車に乗り、外の景色を見ながら、父さんの流す洋楽に聴き入っていた。
「父さん、これ誰が歌ってる曲?」
「スキータ・デイヴィスのエンド・オブ・ザ・ワールドだよ。父さんが子供の頃に流行ってたんだ。」
不吉なタイトルだ。だが余計な不安は考えないようにしよう。少しの負の感情が隙を生む。
だが、その予感は当たっていた。
俺達は、遊園地の様々なアトラクションを楽しみ、夕方になったので最後は志郎と二人で観覧車に乗っていた。
「ユウお兄ちゃん、僕の提案をお父さんお母さんに伝えてくれてありがとう。多分、僕だけだと駄目だったよ。お陰で今日は凄い楽しかったよ。」
「こちらこそだ、志郎。俺も凄く楽しかった。たまにはこういう日が会っても良いな。」
「お父さんお母さん、仲直り出来るとイイね。」
「ああ。」
「僕、ユウお兄ちゃんの弟で良かったなぁ。これからも、ずっとお兄ちゃんで居てね!」
何故か心が苦しくなった。自分を偽ってユウを演じてることに罪悪感があるのだろう。
「志郎、実は俺____」
「?どうしたの?」
「いや、何でもない。そろそろ下だ。家に帰ろうぜ。」
「うん!」
俺達は帰路に着いて、帰ろうとしてた。だが。
志郎が手を滑らせて、手に持っていた風船が交差点の方に飛んでった。志郎はそちらに走っていく。
「危ない、志郎!」
大型トラックの運転手は必死にブレーキを踏んだが、間に合わなかった。
志郎の肉体は宙に舞い、落ちた瞬間、それは物言わぬ肉塊になっていた。
「あ、あああああああ」
俺は狼狽するしか無かった。そして、両親の言葉が崩壊に到る引き金になった。
「なんで志郎が...ユウ!お前が死ねば良かったのに!」
なんで そんな ことを いうの おかあさん おとうさん ごめんね ごめんね しろう
じががとけてく あれ ここはどこ おれってだれだっけ きれいなおんがくがきこえる さっき おとうさんがおしえてくれたうただ
きれいだなあ
その時だった。蒼い閃光を放つ斬撃が空間を切り裂き、斬られた部分は鏡のように飛び散った。
「焚!」
意識を喪った焚をアドマが抱える。
「おい女狐。焚が危ない状態だから今は引くが次は殺すぞ。」
口調や表情こそ冷静だったが、アドマの言葉には殺意が宿ってた。
「全く怖いわぁ、お師匠様ったら。」
_______
「果たして、焚は元に戻るのだろうか...」
アドマは、そう呟くしか無かった。
鏖殺忌譚 都牟刈の焚 閻魔カムイ @dabi12
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