第11話 百鬼夜行

俺達は帝都でひとしきり遊んだ後、帝都の中央にある本部に来ていた。「おっ、二人とも時間通りに来たな。」


「お疲れ様です、アドマ師匠。では、本部にお邪魔しますか。」


「ああ、狩人証の提示も忘れずにな。」


中に入ると、豪華絢爛な装飾や銅像の並ぶ大広間が広がっていた。ここのボスは随分成金嗜好だな。あまり良い趣味とは言えない。「狩人証の提示をお願いします。」


三人がスマホの画面を見せる。「SSS級狩人アドマ様、A級狩人三国黒桐様、同じくA級狩人七灯焚様、合計三名ですね。帝都本部へようこそ。今日はどのような用事でしょうか?」


「帝都本部のボス、鴉丸蓮から召集命令が来ている。確認してくれ。」


「かしこまりました。5分程ロビーでお待ち下さい。」


「なあ、アドマ師匠。帝都本部のボスってどんな人なんです?」


「ああ、鴉丸はな、民間人や狩人のことを一人一人が尊い存在だと思っていて、同胞意識の強いヤツだ。だが、同胞を愛するあまり、モノノケには冷酷残忍で、人里離れた所に住む、無害なモノノケだろうが、人と意志疎通出来るモノノケだろうが、容赦なく殺害命令を出す。ヤツの方針はこの世界からモノノケという存在を抹消することだからな。まあ、私達が狩人をやってる内は、頼りになる存在だよ。そいつも元々、伝説的な狩人だしな。」


その話を聞いたら、以前殺した人里離れた所に隠れて住んでいたいっぽんだたらの一族や、子供達を有害な大人から守る鬼達のことを思い出して、気分が悪くなった。

「おぇっ」


「大丈夫か、焚。どこか具合が悪いのか、顔色が悪いぞ?」


「問題ありません、師匠。ちょっと化粧室に行って来ます。」


「ああ。」


「おえええっ!」殺したモノノケの姿が脳裏にフラッシュバックして、今日食べたモノを全て吐き出してしまった。昨日、幻聴で言われたことを思い出す。


「お前は自分の欲望のために、無害なモノノケ達を殺したのさ!その穢れた魂が救われることは絶対にない!地獄に落ちるんだね!」


それは違う。俺は、自分の欲望だけでなく、帝都と仲間の狩人、民間人の為にモノノケと戦っているつもりだ。それは紛れもない正義と善意から来ていると信じたい。だが、疑問が生じた。それは建前で、本当はアドマ師匠や、黒桐から離れて、元の孤独な自分に戻りたくないからこの仕事をやってるのではないか?少なくとも、この命の危険も伴う汚れ仕事が、皮肉にも俺をこの世界へ引き留めている。そうだ、今戦う理由はそれだけでいい。いずれ、自分が戦う意味と、命を奪うことに対する、答えが出るはずだ。顔を洗って、俺はロビーに戻った。


「随分長いトイレだったな。うんこか?」


「違いますよ、師匠。それに貴女は女性なんですからそういう発言は控えて下さいよ。」


「はっはっはっ、すまんすまん。鴉丸は本部の最上階、50階にいる。では行くぞ。」大型の動く部屋に俺達は乗った。なんとなく、乗り物酔いをしてしまいそうだ。


「50階です。」無機質なアナウンスが響く。扉が開き、ライトアップされ、煌々とした建物が見える。中々乙な夜景だ。


「来たか、アドマ。良い夜景だろう。後輩も連れて来たな。」鉤鼻に、鋭い眼光が特徴的な初老の男性だ。だが、言葉は羽毛の様に柔らかく、紳士的な雰囲気を醸し出している。背後には現役時代に使ってたであろう刀が、壁に掛けてある。


「よっ、蓮ちゃん。ちゃんと寝てるか?」


「その呼び方は止めてくれたまえ、後輩が見ている。君達、名は?」


「A級狩人、三国黒桐です!」


「同じくA級狩人、七灯焚です。」


「非常に強い生命力を感じる。異能持ちか。それに、焚くんの方は妙な存在が守護しているね。」


俺は驚いた。話してもいないのに、俺達が異能持ちということを見抜いた。それだけでなく、閻魔屠の存在に気付くとは。


「何故俺達が異能持ちだと分かったんですか?」


「君達の表情、筋肉の質、持っている武器、オーラの色。全ての要素から判断して導き出した。ここで一つ、面白い話をしてあげよう。異能、その根源だ。」


「かつて、この世界が地獄に包まれる前、世界と人々は"ゴースト"と呼ばれる精霊と共存していた。」


「だが、ある事件によって、世界が異界に変貌し、人々はゴーストとの繋がりを失った。」


「そこでゴースト達は考えた。どうすれば再び人々を助けられるか?ここである方法をゴースト達は思いついた。」


「輪廻転生し、彼岸の世界から人々が異界に送られ、人間やモノノケとして生まれてくる時、ゴーストは魂に宿ることにした。それが我々狩人や一部のモノノケが使いこなす異能の正体だ。そして、過去世で人間だった存在が、モノノケとして転生してくるケースもある。彼等が使う言語は、かつて人間だった頃の名残だ。」


「だが、焚くん。君だけは例外だ。君の異能は、君の刀に宿る老人が使っていた能力であり、君のモノでは無い。謂わば能力が外付けされている状態だ。そして、君の中にも別の異能が備わってるのが見える。それをイメージとして表すのなら、虚無、または死そのもの。それを君が開花させ、使いこなす日が来れば、アドマと同格の狩人になれるだろうね。」


虚無と死。この二つには幼い頃から馴染みがあった。幼い頃、何も無い真っ暗な空間に閉じ込められて、泣き叫んでる夢をよく見た。とてもその夢を見るのが恐ろしかった。


今思えば、これは俺が生まれる前に受けた、地獄と呼ばれる世界での刑罰なのではないかと思う。


本でそう呼ばれる世界があることも俺は知っている。


ただ、俺がそのような罰を受ける理由は未だに不明だ。


俺は前世で一体何をやったんだろう。それがたまに気になって、眠れないこともあった。


ただ、この前見た、誰かに呪詛をぶつけられ、見知らぬ女の子に慰められる夢が記憶の隅に引っ掛かっている。それは俺の魂が記憶していることなんだろうか。だが、今は何も思い出せない。


そして、死。幼い頃はスラムで暮らしていた為、人の死体ばかり見ていた。


モノノケに惨殺されたであろうものもあれば、餓死で死んだであろうものもあった。


俺はそうなるのが凄く嫌で、アドマ師匠と出会う前までは、毎日、死から逃げ続けることだけを考えて生きていた。


そして、アドマ師匠からモノノケや餓人を殺す技術を授けられてからは、俺自身が、その死そのものになってしまったような気がした。


結局、今の俺の本質はこれしかない。真っ暗な虚無が心の中で、口を開き、全てを飲み込み、全て平等に死を与える。なんて空虚な人間なんだろう、俺は。


「おい、焚。ボーッとしてどうした?今日のお前、ちょっと変だぞ。」


「悪い、黒桐。今日は体調があまり良くないみたいだ。」


「おっと、話が逸れてしまったね。ずっと立っていたら疲れるだろう、座りたまえ。」


円卓に座る。その瞬間、立体映像が円卓から映し出された。


「今日の本題は、A級以上のモノノケ同士の集団についてだ。最近、急激に人間の言語を理解し、異能を使いこなすモノノケが増えている。しかも、それだけでなく、違う種族同士でありながら、結託しているという話だ。通常、別種族のモノノケ同士が結託するということは絶対に無いのだが、今回ばかりは特例だ。あるモノノケのボスが頂点に立ち、その配下にS級以上の幹部を置き、その下にA級以下のモノノケの大群を率いている。その数なんと五万。」


五万だと。それが餓人ならば、対した脅威にならないが、人間の基礎スペックを当たり前のように上回るモノノケが五万。俺は少し心配になった。


「近々、我々狩人とモノノケ達の大規模な戦争が起こるだろう。そして、今回君達を呼んだのは他でもない、アドマを班のリーダーとした、四人編成の先遣隊を創ることにした。」


「後一人は、いつ来るんです?」


「今日もう既に呼んでいる。そいつは時間にルーズな問題児でな、約束した時間に中々来ないのだ。だが、実力だけならばSS級はある。」


SS級...果たしてどんな狩人なのだろう。


「その男が来る前に、モノノケ軍、通称百鬼夜行の概要を話しておく。まず、最初はボスの情報からだ。名前はぬらりひょん。」


「ぬらりひょん?なんだかボスの割には弱そうな名前ですね。」


「モノノケの伝承が書かれた書物では、勝手に人の家に上がり込んで、お茶とお菓子を貰う比較的無害なモノノケの総大将として記されてある。だが、今回の百鬼夜行のぬらりひょんは少し違う。この映像を観てくれ、帝都の情報部が撮影したものだ。」


頭の長い、優しそうな顔をした老人が、ぬらり、ぬらりと意味の無い単語を繰り返してる。


「ようやく見つけたぜ、モノノケ共の親玉がよ!」


「待て、高橋!コイツらは俺達の手に負える相手じゃない!」


「ここで倒さなかったらいつ倒すんだよ!うおおおおお!」


次の瞬間だった。情報部の者が銃を撃った瞬間、ぬらりひょんはカメラの視界から消えた。


「ぎっ、ぎゃああああああ!」先程まで喋っていた情報部員の悲鳴が聞こえ、砂嵐が映っている。


「これは一体何をしたんです?」


「スローモーションで再生する。」


画面が最初に戻り、情報部員が銃を撃つ場面に戻る。


「ここだ。」一瞬だけ映った姿は、驚愕するものだった。なんと、小柄で弱そうな老人が、0.001秒程で肉体を変化させ、筋骨粒々の男に変貌していた。


「こいつは形態変化を使いこなすモノノケだ。そして、私が予測するに、形態はこれだけではない。実力の底が全く見えないモノノケだ。」


「次は五大幹部を紹介する。S級が2体、SS級も同じく2体、ぬらりひょんと同じSSS級が一体。ここまで強大なモノノケが、一度に出現し、徒党を組むのはこの長い狩人の歴史上類を見ない例だ。」


「まずは鞍馬天狗。扇によって風を発生させ攻撃したり、刀での剣舞を得意とするモノノケだ。クラスはS級。」


映像には、銃を乱射する狩人が映っている。だが鞍馬天狗の動きは、余りにも速すぎてカメラの映像が追い付いてない。「突っ込んでくるぞぉ!ぐわぁ!」立体的機動から、点への機動に切り替え、次々と狩人の首を刈っていく。戦うのであれば、こちらも空を飛ぶ手段が必要だな。


「次は酒呑童子。かつて私が討伐したSSS級モノノケ、ヤマタノオロチの息子とされるモノノケだ。クラスはS級。」


映像には、近接武器を持って、酒呑童子に突っ込む狩人が映っている。だが、一気に金棒で薙ぎ倒される。武器と、武器による衝撃波で50人は死んだだろうか。酒呑童子は片手に持った酒を飲んだ。「何かくるぞぉ!あ、熱いいいいいい!」口から爆炎を吐き出した。狩人達は一瞬で灰となった。これは俺の異能以上の火力だな。


「次は両面宿儺。かつては飛騨の地に現れ、帝都本部の原型にもなった大和王朝に逆らって討伐された鬼神だ。ランクはSS級。」


映像が映った。四つ目に四本腕の、三メートル程の鬼神が狩人達の首を手に持って、それを喰らっている。


「どうやったらこんな化け物倒せるんだよぉ!」次の瞬間、両面宿儺は拳で大地を殴って、大規模な地割れを発生させた。


「うわあああああ!落ちるう!」狩人達は奈落へとまっ逆さまに落ちていき、両面宿儺が合掌すると、地割れは閉じた。どうやら大地を操る異能を持ってるようだ。


「次は九尾妖狐。かつて傾国の美女として平安の地に現れ、この帝国大和を混乱に陥れたというモノノケだ。ランクはSS級。」


映像には、今まで見たことの無いような、九つの尻尾が

生えた美女が映っていた。多分、アドマ師匠より美人だ。「女だからといって容赦するな!行くぞぉ!」突然、九尾が扇を動かし、舞踊を始めた。狩人達は在らぬ方向を撃ちまくっている。恐らく、幻術をこのモノノケは使っている。九尾は怪しげな笑みを浮かべ、扇を凪いだ。すると、巨大な火の玉が周りに浮かび、狩人達を燃やしていった。


「最後だ。このモノノケの名は大獄丸。かつて、鈴鹿山に現れ、自然の力を使いこなし、この大和を大混乱に陥れた最強の妖怪だ。ランクはSSS級。こいつが最も厄介だ。」


映像が映った。着物を着た、筋骨粒々の大男が立っている。両面宿儺程では無いが、一般的に見れば大きい部類だ。背後には雷、氷、炎を纏った剣が浮いている。


「去れ。俺は他の奴等と違い、無益な殺生を望まない。お前達にも、大切な親や仲間が居るのだろう。ならば去れ。」理性と温情のあるモノノケのようだ。


「モノノケごときが人間様に向かって生意気な口を訊くんじゃねぇよ!ぶっ殺しちまえ!」


「残念だ。では死ね。」背後の剣が数百程に増え、それらが一気に狩人達に襲いかかった。その後、大爆発を起こして、映像は途絶えた。


「これらが五大幹部全ての映像だ。アドマ、焚くん、黒桐くん、これから来る狩人の四人には、こいつらの相手をして貰う。」


「おいおい、ぬらりひょんは誰が戦うんだ?」


「大和帝都軍の指揮を取る私が、直接出る。」


「蓮ちゃんが?ブランクは無いのかい?」


「私は常に臨戦体勢だ。この場にぬらりひょんが来たとしても、何の支障もなく戦えるだろう。」


そう話してる内に、エレベーターから音がした。最後の一人が来たようだ。だが、その姿に俺は唖然とした。


「イェー♪メーン♪YoYo♪俺様はフリースタイルラップ狩人、鈴鹿海斗ダゼ♪ベイベ♪ランクはSS級、俺はso cool♪みんなヨロシクゥー!」


派手な黒髪メッシュの入った金髪に、ハート型のサングラス、ブリンブリンのシルバーアクセ、そしてド派手な黄色いジャケットにD.A.Iと書かれたシャツ。武器は手甲。とんでもないやつが来てしまった。

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