第5話 いっぽんだたら

首長女との戦いで、大量の死者が発生した為、合同葬式会場に焚は来ていた。


「お集まりの皆様、今日はこの弔いの場に来て頂き、どうもありがとうございます。今回の不測なA級妖怪の出現で大量の死者が発生し、多くの罪のない命が喪われました。我々、怪異対策課協会からも、お悔やみの言葉を送らせてもらいます。どうか、死後の浄土では安らかな人生を。それでは、火をくべます。」


と、協会の僧侶が弔いの言葉を述べ、火をくべ、真言を唱え、死者達は炎に包まれた。中には、死んだ家族を想い、号泣する親族もいる。


その中には、頭を喰われて死んだ田中武の親族も居た。


焚は、涙こそ流さなかったが、日常を共にした戦友達を想い、哀悼の意を示していた。


「うっうっ、武ちゃあん、狩人になるなんてことを言わなければ、今頃平和に暮らせてたのに...焚さん、今日はあの子の葬式に来てくれてありがとうねぇ...あの子は立派でしたか...?」


大泣きする老婆をみて戸惑いを隠せない焚。


「ええ、武さんは立派でしたよ。あの人の怪力が無ければ、親玉のモノノケまでたどり着けなかった。それに、俺はいつも武さんに励まされたり、食事に誘われたりして、日常を楽しませてもらっていました。俺からも、追悼の意を示します。どうか彼に安らかな死後を。」


「ありがとうねぇ...あの子はもう居ないけど、いつでも家に遊びに来てもいいからねぇ...」


「感謝します。それでは。」田中の母に別れの言葉を述べ、会場を後にする焚。


自販機で一服しようとしたが、そこにはアドマの姿があった。「師匠。貴女も来てたんですね。」


「ああ。ここで死んだ奴等とは、配属が違かったので面識こそないが、今でも狩人達が死ぬことには耐えられない。私からも、追悼の意を示すよ。」


「ありがとうございます。俺はどうすれば、仲間が死ぬ光景を見ないで済みますかね。殺しをするのだから、こちらが殺されるのは当然のことですけど、これはきっと正しい死にかたじゃない。守る為に剣を取るものは、殺したモノノケ達の業を背負って、最後まで生きるべきだと俺は思います。」


「...!似たようなことを言ってた奴を思い出したよ。何で私達は、守る為に剣を振ってるのに、災害のような奴等、モノノケ達に命を奪われないといけないんだって。そこでそいつはそう言われた。モノノケ達も、自分達が新しい食物連鎖の頂点に立つため、必死なんだ。奴等にも守るべき同胞が居て、何もせずに生きていたら、狩人達に同胞が刈られ続ける。それを守る為にモノノケ達も必死に抗う。だから、この戦いは善悪で図れない、シンプルな生存競争なんだとね。そう言われてから、そいつは憎しみで剣を振るのではなく、生きる為に剣を振るようになった。まあ、一番良いのは、モノノケ達の中から意志疎通可能な者が表れて、共存してくことなんだろうけど、それは難しいからね。今は生き残ることだけを考えて戦えばいいのさ。きっと、なるようになる。」


「そんな簡単な考えでいいんですかね。」


「ああ、そうさ。お前はいっつも剣を振るとき、飢人を含む殺したモノノケ達や、仲間のことを考えて、雑念で剣が重くなってる。喪わずに居たいのなら、何事もシンプルに考えることさ。そうでなきゃ、こんなタマの取り合いいつ気が狂ってもおかしくないからね。」


「シンプルに考える、ですか。そう心がけるようにしてみます。所で師匠、この前俺に用があるとか言ってましたけど。」


「ああ、お前の所に昇格任務が来ていてな。お前は私の所を離れてから、毎日コツコツとC級からB級までのモノノケを討伐していた。それで本部から通知が来てな。これから紹介するいくつかの任務をこなせば、おまえは晴れてA級狩人、私の居る帝都本部に住めるという寸法さ。どうだ、やるか?」


「...!また師匠と住めるんですね!やります!」


「いい返事だ!まずは、コイツから狩りに行ってこい。名前は"いっぽんだたら"。詳細はこの書類に書いてあるからな。ほんじゃ、行ってこい。」「はい!」


自宅に戻り準備をする焚。「刀が手に入ったので、もう散弾銃は要らないな。遠距離用にレミントンM700を持っていこう」


狙撃銃を分解し、入念に整備する。コイツは初仕事の時、師匠から貰ったお金で買った相棒だ。


木と鉄で出来ているので信頼性も高く、整備も簡単な逸品。


ボルトアクションなので、大事な時にジャムる心配もなく、狙いを外さなければ確実に相手を葬れる。


ツムカリが手に入る前は、ナイフとコイツだけで戦ってたな。そんなことを考えながら、整備を終わらせ、自宅の扉を開く。


「行き先は帝都5区。確かここはモノノケの巣になっていて、廃墟になっていたな。不測の事態もあるかもしれないし、気を引き締めていこう。おっ、珍しくタクシーが来た。ちょうどいい、乗っていこう。」


帝都5区に到着した焚。タクシーの運ちゃんが、心配そうな顔で呟く。


「お客さん、ここはモノノケ達の巣で有名な場所でっせ。用事があるならあっしは止めませんが、近づくのは止めた方がいいですぜ。」


「運ちゃん、心配してくれてありがとう。でも、俺には任務がある。行かせてもらうぜ。」


「そうですかい...では御武運を祈りやす。」


「ああ」タクシーの運ちゃんと会話を交わし、焚は急ぎ足で廃墟に乗り込む。


「まずは高所を取った方がいいな。」


そう呟き、走ってビルを駆け昇る焚。


「とりあえず屋上まで来たが、目標は見当たらない。奴が来るまで、師匠から勧めてもらった、これでも吸うか。」


そう呟きポーチから煙草とライターを取り出す焚。銘柄は師匠と同じパーラメントだ。


「...!げほっげほっ、師匠はよくこんなの吸ってるな。でも悪くない。これで時間を潰すか。」


一時間程立った。そして、獲物はやってきた。いっぽんだたらという名前に相応しく、足の代わりに一本の刀で飛び跳ね、手には包丁が握られている。だが、妙に小さい。


子供の個体だろうか?そう思いつつ、銃を手に取り、構える焚。


「こいつも仕事の内だ、悪く思うなよ。」鈍い銃声と共に、銃から弾丸が放たれ、目標に命中する。「ターゲットダウン。思ってたよりあっさりだったな。」


ビルをパルクールの要領で飛び降り、目標の所まで近づく焚。討伐報告の為、スマホのカメラを構える。その時だった。


「よくも、私達の子供を殺してくれたな、狩人よ。私達は人里離れた所で誰にも危害を加えず平穏に暮らしていたのに、お前はそれを奪った。その代償は払って貰おう。」


突如、テレパシーが焚の頭に響いた。「意志疎通可能なモノノケだと?書類にこんなデータは無かった。...!」


突如、廃墟からいっぽんだたらの集団が湧いて出てくる。およそ百体程だろうか。またテレパシーが聞こえる。


「無惨に死ね。」その呼び声と共に、いっぽんだたらの集団が、ビルの間を跳ね回り、一気に焚に飛びかかる。閻魔屠がやっていた技だ。だが、それと違い密度は非常に高い。まるで銃弾の嵐が飛びかかってくるようだ。また声が聞こえる。それはツムカリからだった。


「焚、儂に体を貸せ。そうすればこの程度の敵は一瞬で殲滅出来る。」


それに大声で焚は答えた。「ダメだ。これは俺の戦いで、俺の力だけで殺すのが奴等モノノケに対する礼儀だ。奴等は同胞を殺されて、憎悪を俺に向けてる。ならば、その怒りを俺が受け止めなくてはいけない。来るぞ!」


ツムカリを構え、異能を発動する焚。 残火よ、不浄を焼き尽くせ《ツァラトゥストラ》


焚のツムカリから炎が上がる。妖力が身体中に満ち、身体能力が何倍にも向上する。そして、弾丸の様に飛んでくるいっぽんだたらをバッターの様に切り裂いてく。


それから30分が経った。周囲にはいっぽんだたらの死骸が広がっている。「はー、はー。全員殺ったぞ、くそったれ。」焚の体力は限界を迎えていた。またテレパシーが聞こえる。


「これは私の出番か」


「駄目です、頭領!こいつはそこらの狩人と違って強い!あなたは逃げてでも我々の為に生き残らなければならない!」


そう声が響くと、地面が割れ、5m程の巨大ないっぽんだたらが出てきた。両手には大剣のような包丁が握られている。「畜生、まだ居るのかよ!仕方ねぇ、来い!」


全身に妖力を纏わせ、臨戦体勢を取る焚。跳躍し、焚に近づくいっぽんだたらの頭領。


その両腕からは考えられないほど速く、受ける度に両手が軋む乱撃が繰り出された。


焚はツムカリで受けるので精一杯だった。そこで焚は思い付いた。


「師匠がやっていた技を使う!」


吸っていた煙草の煙を媒介に、妖力を纏わせ、自身の分身を造り出した。


「奥義 幻影剣。これなら隙が出来る。そして、縛りを兼ねた七回の斬撃で...!奥義 陽炎!」


七回の斬撃を繰り出し、更に身体能力が向上する。


そこから横凪ぎに斬撃を繰り出す。


頭領いっぽんだたらの包丁が砕かれた。


隙が出来た。一閃、頭領いっぽんだたらの身体を袈裟に切り裂いた。


頭領いっぽんだたらは、大量の血を口から吐き出し、恨み言を呟いた。


「貴様ら狩人に呪いあれ!いつか我々の中から、貴様らを滅ぼす者が現れるだろう。それまで恐怖に怯えて生きるがいい!」


焚は涙を流しながら、ツムカリを頭領いっぽんだたらに突き刺した。「すまねぇ。」巨大な体躯は倒れ、壮絶な戦いは終わった。

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