第2話 首と殲滅

触手のモノノケを倒し、対策課から送金されたのを確認した焚はあることを思い付いた。「久々に大物を倒したんだ、武器でも買うか」というワケで武器屋に着いた。


"防具、弾薬、武器、なんでも揃ってます!モノノケ狩りのご準備なら当店で!仁王" 「おう、焚じゃねぇか。久々だな!」この人は鬼山さん。スキンヘッドに眼帯を付けた、武器屋仁王の厳つい店主さん。涙もろく、情に厚い、いつも貧乏な俺に半額で武器や弾薬を売ってくれる気前の良いおやっさんだ。俺が師匠の元で狩りの助手をやってた時代からずっと御世話になってる。


「どうも。」


「相変わらず不服そうな面してんなぁ!お前はもっと笑え!じゃないと幸せが逃げちまうぜ!ガハハ!」


この人はいつも陽気だ。だからこうやって話すのは嫌いじゃない。


「そうだ、焚、お前に見せたい刃物を先日入荷したんだ。ちょっと倉庫で見てみないか?」


「それは興味ありますね。」


「だろ!付いてこい。」


しばらく歩き、倉庫に付いた。「よしよし、これがお前に見せたいブツだ。」おやっさんが手にとって見せたそれは、4尺程の、物干し竿のような大太刀だった。鞘は血のように真っ赤に染まり、柄の部分は赤紫の柄巻きに黒い鮫革で拵えてある。刃物にはあまり縁が無い俺だが、これには少し感動を覚え、年甲斐もなく童心に帰ってしまった。「凄く大きいすね。」


「刀身も見てみるか?」


「是非とも。」おやっさんが鞘から大太刀を抜いた。目に映ったそれは、赤と黒の刀身が怪しく光る、妖刀と評されるようなものだった。 都牟刈と銘を掘られている。聞き覚えの無い言葉だ。焚はおやっさんに質問した。「これ、なんて読むんですか?」


「多分"ツムカリ"だ、持ち主がそう言ってたぜ、多分世界が滅茶苦茶になる前の言葉だろ。」


「こんなもんどこで仕入れたんすか?」


「その持ち主の爺様がただでくれたのさ。その爺さんは俺にこれを買い取ってくれと渡した瞬間、死んじまってな。亡骸は埋葬しといたよ。」


「何かワケありみたいですね。」


「だろ。後、試し斬りもしてみるか?」


「ええ。」


おやっさんが倉庫から分厚い鉄板を持ってきてくれた。「よし、切ってみろ。」渡されたそれを手に持った。見掛けに依らず軽い。だが、ずっしりとした威圧感がある。


「こいつは中々良さそうだ。」鞘から刀を抜き、思い切り鉄板に振りかざした。なんと、鉄がまるで豆腐のように容易く真っ二つになった。刃こぼれも一つない。「ははっ、こいつはスゲェや...!」


「お前ならそう言うと思ったぜ。こんな代物だ、本来ならば数十億以上の価値がある、国宝級のモノだろう。だが俺とお前の仲だ。出血大々サービス、10万で売ってやる。どうだ?」


「勿論!」目を輝かせ、興奮しながら焚は答えた。


刀を購入した俺は、愉快でハイな気分になりながら帰りのバスに乗った。


帰りのバスは、仕事終わりの狩人で溢れ帰っていた。うたた寝する者や、仲間と愉しく談笑する者も居る。そんな彼らを少し羨ましそうに目にしながら焚も瞼を重くさせ、眠りについた。それから数分後。バスの目の前に女が立っていた。だが、異様に首が長い。急に現れたので、バスの運転手は呆気に取られてバスを急停止させた。「バカヤロー、何呆けてるんでい!」運転手が窓を開けて怒鳴りちらす。次の瞬間、バスの運転手は戦慄した。林檎程もあろう、真っ赤な目を血走らせながら首の長い女は振り向いた。聴くだけで気がおかしくなりそうな言語を発しながら。


「 雋エ譁ケ縲∽ココ髢薙〒縺吶°?溽ァ√?繧阪¥繧阪▲縺上?縺ョ縺医j蟄舌→逕ウ縺励∪縺吶?よ?ェ逡ー蟇セ遲門喧譛ャ驛ィ縺ッ縺ゥ縺。繧峨〒縺吶°?」モノノケ内での言語なのだろうが、全くもって意味不明だ。


「ひいい!なんなんだよ!?誰か助けてくれ!」運転手は情けない声を出し、運転席から逃げ出してしまった。一連の騒ぎで、寝ていた狩人達も目が覚める。「おいおい、モノノケじゃねぇかよ!しかも一体!コイツは嬉しいねぇ、帰りに手土産まで貰えるとは!」


「野郎共、報酬は山分けだ!全員でやっちまえ!」流石、死線を掻い潜ってきた百戦錬磨の狩人達であって、常人なら数秒でも目にしただけで卒倒しそうな怪生物にも怯まない。むしろ天からの授かり物のようにはしゃぎ始めた。だが、その喜びも一瞬にして絶望に変わった。


「縺翫d縲∵?縺咲叫莠コ讒倬#縺後%繧薙↑縺ォ繧ゅ?ゅ■繧?≧縺ゥ縺?>縲∝酔閭樣#縺ョ鬢後?譎る俣縺ィ縺励∪縺励g縺??」


また奇怪な言語を喋り出したモノノケ。それに狩人達は大笑いし、茶化す。「おいおい、命請いのつもりかぁ?可愛いお嬢様。俺達はハンター、聖人じゃねぇんだ。獲物にはお慈悲なんて掛けないぜぇ?残念だがこの世は狩るか狩られるかの地獄。救いなら宗教家に求めな!だが、そんな奴等俺がガキの頃には全部モノノケに喰われちまってたけどな!ハハハハ!」と、軽妙にいきり立つ。


その瞬間だった。首長女が、耳をつんざくような爆音で咆哮を上げた。これにはハンター達も思わず耳を塞ぐ。「わっ!?何だ!?」焚も飛び起きる。視界を窓の外にやった焚は驚愕した。地震のような地響きと同時に、四方を黒い「ナニカ」が埋め尽くしてこちらにやってくる。まだ夢の続きを見ているのか、と呑気に思い、寝ぼけ眼を擦りながら"それ"を凝視した。


餓人だった。しかも物凄い数の餓人だ。数千体はいるだろう。驚くべきは、その異様な数もそうだが、普段鈍い足取りで動く餓人が走っていることだった。普通はあり得ないことだ。今にも千切れそうな四肢を苦しそうに振り回しながら餓人は走っていた。瞬時、修行時代師匠から教わったことを思い出した。


「いいかい、焚。モノノケの中でもヤバい奴等が居てね。A級クラス以上をそう呼んでるんだ。奴等の特徴としては本体の戦闘力もそうなんだが、独特なモノノケ特有の言語を話し、特定の周波数で大量の餓人を操るというのがあってね。四桁から五桁クラスの餓人が一斉に押し寄せてくる。まず単独討伐は無理だ。そういう奴を見掛けたら全力で逃げな。分かったかい?」


そのことを瞬時に理解し、焚は仲間の狩人に叫んだ。「おいお前ら!そいつはA級クラスの相手だ!全員で陣を組み、弾が尽き、敵が全滅するまで撃ち続けろ!」狩人が焦った様子で叫び返す。「分かってるよ、そんなこと!おいてめぇら!パーティの時間だ、奴等をミンチにすっぞォ!」


「うおおおおお!」各々、バスの荷台に置いてあった銃器や近接武器を手にかけ、バスの窓や入り口から急ぎ足で出てくる。幸いにも、狩人達が所持していた銃器は、M60や、ミニミ等の大容量の機関銃。大群との戦闘にはもってこいだ。焚がまた叫ぶ。


「射撃組は近接組を中心に円形で隊列を組め!近接組は弾幕から逃れた奴等や、リロードの隙をカバーするように戦うんだ!」


これが大規模戦の初陣とは思えない程、冷静に指揮する焚。師匠との訓練の成果だろうか。危機感を覚えつつも、ハートは至って冷静だ。その若き優秀な指揮官も、新しく購入した大太刀、ツムカリを手にバスの窓から飛び降りた。「押し寄せてくる餓人は数千、こちらは500人とちょっと。イケるか?」


怪異対策課から支給されたこのバスは、通常のバスと比べ縦にも横にも大きい、特別製だ。急なモノノケの襲撃にも対応出来るように、窓ガラスは付いておらず、そこから飛び出せる仕組みになっている。それでも、500人程度が収用限界。だが、想定してるのはB級クラスのモノノケの大群だ。多かったとしても、数百体程だろう。軍隊で例えるならば、一個旅団クラスの数千体ものモノノケは想定していない。果たして、俺達は生き残れるのだろうか?焚がそんなことを考えてる内にモノノケと狩人の狂宴は幕を開けた。


まず、狩人達は押し寄せてくる数千の餓人に、晩餐代わりと言わんばかりに大量の銃弾を目一杯浴びせた。「ヒャハハハハハ!コイツはまだまだオードブルだぜ!死ぬんじゃねぇぞォゾンビ共ォ!」


餓人の腐った肉体に、鈍い音を立てながら襲い掛かる銃弾。まるで豆腐のように崩れ去る肉だったナニカ。大群故に、その弾幕から逃れる餓人も何体か居た。「おっとぉ、アイツらの邪魔はさせねぇぜ!俺達の晩餐会を楽しんでいきな!」


近接組は刀剣や鈍器、大型の武器の形を成しているだけの、無骨な鉄板等で射手に近づく餓人を切り刻んでいく。その中には、大鋸を所持する田中や、焚の姿があった。田中は、両腕に力を込めた。


「ふっ!はああああああ...!」巨大な鉄塊のように隆起していく、今にもはち切れそうな筋肉。


「おらァ!」横凪ぎに大鋸をぶんまわす田中。武器本体と、衝撃波の威力で一気に数十体の餓人が千切ればらばらになる。その勢いのまま、奥に立っている首長女まで突貫する田中。


「このまま本体の首長女ごとぶった斬る!俺は異能持ちだ!多少突撃しても問題は無いし、何かあればすぐ戻る!本陣は任せたぜ、焚!」


即座に応答する焚。「了解、田中さん!」


そして、ツムカリで居合の構えを取る。「確か、体を捻らせ、螺旋を描くように引き抜くんだっけな」深く息を吸い、腰を落とす。


「スゥゥゥゥゥゥ...ハッ!」


横に一閃。その瞬間十体近くの餓人が輪切りになった。「そして同じように、体を回転の軸としながら体幹で斬る...シッ!」


ツムカリを巧みに扱い、次々に十文字で餓人を斬った。異能は無い為衝撃波までは出ないが、それでも十分過ぎる程、その姿は剣術の達人と呼べるだろう。その乱舞によって一気に40体の餓人が倒れた。


「ちとナイフより重いが、長さや威力があって使えるぜ。師匠に剣術の基礎も教えてもらって良かった。それに、こんだけ斬ったのに全く斬れ味が落ちる気がしねぇ。正に妖刀だな。」


そんなことを呟きながら、今が修行の成果と言わんばかりに餓人を斬り裂いてく焚。その様はまるで人型の竜巻だ。敵はシルクの薄い布のように千切れて吹っ飛んでいく。狩人達の即興とは思えない連携もあって、みるみる減っていく餓人。敵が全滅するのも時間の問題であった。首長女を除いて。

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