鏖殺忌譚 都牟刈の焚

閻魔カムイ

第1話

20XX年 3月19日 天気 いつも通り霧 


ノイズ混じりで顔が真っ黒に塗り潰されたアナウンサーが今日も喋る。「"異界"の皆さん、おはようございます!昨日も今日も明日も同じように天気は霧です!本日も"モノノケ"狩り、頑張って行きましょう!」


焼いたパンを頬張り、砂糖をふんだんに入れた珈琲を啜り、汚れても良い作業着に着替えた。そしてM870レミントン散弾銃に12ゲージ弾、M700レミントン狙撃銃に7.62mm弾を装填する。 弾の装填中に感じる鉄の冷たさと木の温もりが心地良い。


朝食を取り、着替え、モノノケ狩りの準備をする。それは俺達"狩人"の日課だ。


毎日のルーチンワークだが、この世界、通称"異界"はこれと、毎日テレビで再放送される番組を見るぐらいしか娯楽が無い。何故こうなったか?それは分からない。物心付いた時からきっとこうなんだ。


「さて、家を出るか。」無線機とガスマスクを身に付け、銃を手に取り、玄関の扉を開けた。


いつも通り血のような真っ赤な空に、黒い太陽が浮かんでいる。建物には其処ら中に木の根っこが生え、周辺には虫が飛び、赤錆だらけだ。俺の住居も例外ではない。川は赤く染まり、ゴミがプカプカと浮いている。町の道路には、真っ青な肌に黒い目から血の涙を流し、呻き声を上げて苦しむ"餓人"が三人彷徨いていた。こいつらは元々ここに住む人間だったが、人を狂わし、生きた屍に変えてしまう異界の"赤霧"や、モノノケに殺される等の要因で転化してしまった人間だ。


人を襲うがとても動きが鈍いため、放置しておいても「今のところ」害は無い。が、こいつらにも苦しい、痛いという感覚はある上に、時間が経つとモノノケに変異する。報酬こそ出ないが、狩人には極力こいつらを介錯することが義務付けられている。


「師匠、なんで苦しそうにしてる人達をさらに辛い目に合わすの?」セミロングの髪に、眼帯を付けた高身長の美人はこう語った。


「それはね、焚、苦しみしか感じられない哀れな獣、餓人にとって、狩人の介錯によってもたらされる死は、肉体を楔から解き放つ儀式であり、救済でもあるんだよ。そこにあるのは、人間として生きられなかった者達に対する憐れみと慈悲。だから同胞として殺す。理由なんて他にいるのかい?」


師匠はそう言っていた。


焚は短刀を鞘から取り出し、生きる屍に近づきながらいつものように呟く。「これも仕事だ。悪いな。」刹那、二人の餓人の喉元がかっ切られ、鮮血が吹き出た。それに気付いたもう一人の餓人が呻き声を上げながら襲いかかり、噛みつこうとしてくる。「遅ぇ」瞬時に短刀を逆手に持ち掛え、横に一閃、両腕を切断。痛みで狼狽える餓人の後ろに瞬時に回り込み、脊髄に獲物を突き立て、餓人は倒れた。


この襲撃から三人の餓人が生命活動を停止するまで僅か3秒程であった。それでも焚は不満そうな顔をしていた。瞬時に介錯を行えず、彼等に余計な痛みをもたらしてしまったことが納得出来なかったようだ。「師匠ならもっと速かったな」そう呟き、川の近くまで死体を持っていき、町から支給される火災消火器ならぬ火災放火器で火を起こし、三人の死体を荼毘に付した。「次はどっかまともな場所で生まれてこいよ。そんな世界があるかは知らねぇが。」


休憩所にやってきた。ここは赤霧も特殊なフィルターで濾過され、ごく当たり前のように食事や談話が出来る、数少ない狩人の憩いの場だ。「よっ、焚!元気か?」


「どうも、田中さん。」


「今日の飯もツナ缶かぁ、お前本当にそればっかりだな。たまには精の付くもの食べろよな~」


田中さんは握り飯を食べながらそう話す。


「いや、俺はあなたのような"異能"も無ければ筋肉も無い、銃器に頼った狩りをするので食事は最低限でいいんです。それなら武器や弾薬代に金を回したい。」


「異能とは。この世界に生まれた人間が先天的に備える能力。人類はこの異界にある時から閉じ込められた。それが何年前なのかは正確には分かっていない。だが、ある古代宗教の儀式が原因で閉じ込められることになったらしい。そして、その儀式を境に、人間はその異常な世界で生き抜く為にある力を超常的存在、古い言葉で例えるならば"神"と呼ばれる存在から授けられた。それが"異能"。持ってない焚のような人間の方が珍しいのである。」


田中さんは人間のリミッターを外れた力を出せる、身体強化系の異能力者だ。武器は巨大な鋸。本来、人間の肉体は10%程の力しか出てないと言われているが、この人は50%程の力を常時発揮出来る。が、"異能"は日常生活やモノノケ狩りに於ける縛りの対価が大きければ大きいほど、その効力は増大する。


例えば、この人の場合は毎日の食事を握り飯にするというシンプルな縛りで自身の異能を強化している。大体50%から55%程に変わるらしい。それ以外にも軽い縛りを己に課してるらしいが、詳しくは俺も知らない。


「なあ焚、知ってるか?この辺りでA級以上のモノノケが確認されたらしいぜ。奴等は言語をある程度使えるが、知能は高くない。俺達の言葉をそれらしく真似てるだけだ。


「それでもだ、仮定の話をするならば、俺らと同じ言語体系と知能、文明を持つモノノケの集団が現れてもおかしくないというワケだ。近年奴等は何故か急速に進化しつつある。お前も気を付けろよ。」


「忠告どうも。」


俺は休憩所を後にした。


午後になった。無線機で情報が流れる。「帝都7区〇〇町〇-〇〇-〇付近でモノノケ確認、帝都怪異対策課の狩人は至急集まって討伐をお願いします。」


先を越される可能性があるので、持ってきた自転車で急いで向かう。幸い、今日でここ周辺を巡回してるのは俺だけだった。住民は皆避難してるようだ。そして、駅前の通りに奴は居た。餓人が変異し、その肉体に巨大な脳味噌がくっ付き、刃物の生えた触手が付いたモノノケだ。等級としては恐らくBクラス。


気付かれると厄介なのでそうなる前に仕留めたい。半壊した建物をかけあがり、狙撃地点に着いた。背中に引っ提げたM700レミントン狙撃銃を手に取り、構える。今日は風も吹いてない絶好の狩り日和だ。


だがあることに俺は気付いた。「子供じゃねぇか」モノノケ付近の建物の陰に子供が隠れていた。どうやら避難するタイミングを逃したようだ。怯え、蹲って動けないでいる。今ここで仕留めるしかねぇ。そう思い、引き金に指を掛け、引き絞る。だがその瞬間、子供が物音を立ててしまい、モノノケが照準からずれた。


「しまった__」弾丸を外し、駅前のシャッター街に乾いた銃声が響き渡る。幸いにも子供は怯えてモノノケとは逆の方向に走って逃げた。だが、その幸運は俺には無く、モノノケがものすごい勢いでこちらに向かってくる。「まずいな」俺はすぐさま銃を背に背負い、パルクールの要領で建物から建物へ、そして路地に入り、室外器を足場にし、ゴミ袋の山に不時着した。


モノノケの足音が近づいてくる。俺は腰にマウントした改造m870散弾銃を手に取り、構える。1、2、3、奴が来た。「今だ!」銃から散弾が放たれ、奴の脆い脳味噌にぐちゃっ、と音を立てて命中した。だが、それでは仕留め切れなかったようだ。モノノケは刃物の付いた触手を怒りのままに振り回した。周囲の建物は崩れ、電柱は真っ二つになった。あれが俺に当たったら即死だ、そう心の中で呟き、全神経を回避に専念する。何度か作業着を刃物が掠めた。どうにかしてこの窮地を抜け出すしかない。俺はとにかく走った。が、逆に袋小路に追い詰められてしまった。しかし、それが逆に功を奏したようで、モノノケの触手は振り回してる内に絡まってしまったようだ。


「今しかねぇ」とっておきの秘密兵器が俺にはあった。貧乏性の俺にとっては物凄く高価なので使いたくはなかったが、命が掛かってる以上使うしか道は無い。ポーチから榴弾を取り出し、改造m870に装填。「あばよ、バケモンが!」発射された榴弾はモノノケに命中、爆風が立ち、周囲の建物も巻き込まれて瓦礫が飛び散った。


なんとか今日も生き延びた。その思いに更けながら写真と討伐時刻をメールに添付、怪異対策課に送った。「今日は新しい武器でも買うか。」俺は討伐現場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る