第7話 クオリア

 今までは、ソルあらため、ウォリの存在が不確かだったため、テラメモリに関わる話は大っぴらにしていなかったが、あらためて個々の持つ情報や役割なんかを話し合おうということになった。


 まずは僕から、生誕からここに至るまでの話をする。

 ヴォルデフに向かい、ロシュの人間とトラブルを起こし、逃走し、森でハントと出会い、逃走し、川を下り、セルファンでアニケと出会い、飛龍を倒し、しばしのんびりし、クリナの噂を聞いてサウに来る途中ウォリと出会い、ここに辿り着いた。

 まあ説明と言っても主にクリナとウォリに向けてだけど。

 説明の中で、ちょいちょいメディやファーが補足してくれた。


「あらためてその冒険譚を聞く限り、無事にここに辿り着けたのが奇跡みたいよね」

「ほんとだな、どこで誰かが死んでもおかしくなかった……」


 え、クリナもウォリも真剣な顔で何?

 僕らってそんな危うい、言ってみればギリギリの生き方をしてきたの?

 マニュ、メディ、ファー、ハントをぐるりと見渡すが、個々の苦難を噛みしめているかのような顔をしていた。


「間違いなく、アキとマニュがいなければ死んでいたでしょうね」

「間違いなく、あたし以外の誰かが一人でもいなければヤバかったよね……」

「おれはまだ森で暮らしてたかも……」

「……ボクはアキが来てくれなかったら最初にお陀仏」


 あれ、そうなのか?

 そう考えると身震いするくらい行き当たりばったりな気がしてきたぞ?


「ワタシもウォリも、それにアニケも、たぶん一人で生活できているでしょ?それは能力もさることながら、生まれた環境によるところが大きいと思うの。ハントも合流しなくても自活ができていると思う」


 ハントは少し考えた後に頷く。


「そう考えるとね、ある程度近いエリアだったとしても、アキたち四人はちょっとハードな環境に思えるのよね」

「そうですね、ただ魔狼は存在せず、倉庫の物資で生活自体は可能でした。現地人に出会っても私の力で対応はできました」

「でも、多勢に無勢、メディの力でも数の暴力には対応できなかっただろ?」

「おそらく。ウォリなら一騎当千、ヴォルデフの兵員を蹴散らすくらいできたでしょうが、私たちに戦闘能力はありませんからね」

「クリナ的に、僕らの発生位置になにか疑念がある?」

「うーん、疑念というか、管理者はワタシたちの発生位置をどうやって設定したのかな?って。理由があるなら、残りの四人の居場所も見当が付きそうじゃない?」


 それは確かに。


「ま、正直な話、結果論ではあるんだけど、僕だってマニュがいなければどうにもならなかったし、メディがいなければメルバに出会った時点で死んでただろうし、ファーは……にんじんを作ってくれたし」

「役立たずって罵りなさいよ!」

「ファーは癒し枠なんですからいいんですよ?」

「そ、そう?ま、メディがそう言うなら……」


 メディに宥められ大人しくなるファー。

 彼の言う、僕らに対し力が使えないって言う申告は、話半分に聞いておいた方がいいかもね。

 いや、ただのペア担当ってだけかな。


「メディがメルバだっけ?その現地人に使った力とか、医療士としての力をもう少し詳しく聞いてもいい?」


 クリナはお姉さん枠だからか、疑念をそのままにせずきちんと議論するつもりだ。


「いいですよ。その前に五感の話をしてもいいですか?」

「えっと、味覚、視覚、嗅覚、聴覚、触覚でいいのよね?」

「それ以外に、温感、空間把握、平衡感覚、それと第六感と呼ばれる直感などがあります。もちろん学術的な定義ですけどね」

「へえ、五感くらいしか知らなかった」

「この感覚ってまあ色々あるんですが、感覚器官と脳があってはじめて機能するんです。感覚器官から送られる信号が脳の中でどのように作用するか、もちろん特定の領域が活性化するといった事実はあります。さて、みなさんは、赤という言葉に対して何をイメージします?」


 リンゴ、血、情熱、などと声が上がる。


「もちろん、想起されるイメージの紐付というのは経験によって異なりますが、赤色というのは誰が見ても共通してると思います」


 そりゃそうだ。


「でも、もし私の意識が違う人の脳に入ったら、私が知っている赤とその人が感じる赤に差があることがわかります」

「赤は赤なんじゃないの?」

「色の定義として共通でも、各々の脳が見る色には違いがあるんです。もちろんまったく同じ場合もありますが、その人の見る赤が私の青かもしれない。と、まあこれがクオリアと呼ばれる概念です」

「前に言ってた感覚の差異ってやつか」

「時間、距離、重さ、暦、私たちはこの世界でごく自然にこれらを使っています。でもおそらく、地球とは違うはずなのに」


 確かに不思議と困らなかったな。


「個々の感覚が違う以上、それを合わせる必要があり、地球ではメートル法などといった規格がありました。基準というものです。アキならわかるでしょ?」

「モノ造りの基本だからね。国際標準規格が無ければ汎用性が保てないどころか既知を一から設計する羽目になる」

「だから私たちにはまずその基準が明瞭に刻まれています。ある程度の時間や距離がわかるのはそのためです。結果として感覚も共通化されています。私たちがお互いの存在を自然に受け入れることができ、価値観を共有できるのは、テラメモリがあるからじゃなく、脳の造りが、クオリアそのものの類似性が高いからです」


 実は既に、マニュ、ファー、ハント、ウォリは睡眠に入っている。

 メディの穏やかな、小難しい話は、人によっては子守唄だ。

 いや、まさか感覚操作か!なんてね。


「さて、私の能力ですが、この認識の部分を意図的に改変することができます。視覚と言葉によってです。言葉とは脳に対するプログラムコードの役割を持っています。私はあなたの雇用主だ、と定義付けすれば操られている実感もなく、そう思ってしまう」

「ワタシたちに対しても同じことができる?」

「クリナの料理も味覚を通して似たようなことができますよね?」

「ばれてたか」


 てへっ、じゃないわ怖いわ!


「アキ、誤解しないでもらいたいのですが、私もクリナも、まだ見ぬ調香士や演奏士も臭覚や聴覚を通して似たようなことができますが、同じクオリアを持つ者同士には効きづらいのです」

「スイッチを押しても反応しないって言ってたじゃん?」

「機能はしてるけど変化が少ないということです。でも、受け手の意志によって変化量は変えられます。だからクリナの料理は私たちにも幸福を与えてくれるのです」

「受け手の意志……」

「信頼感です」

「……なら、信頼関係を突き詰めると?」

「実は、私たちの能力は本来の人間が持っている能力なんです。それを上手く使えるってだけなんですよ?」

「そうね、ワタシの料理も別に他の人と違う材料は使っていないもんね」

「そういった対象がカリスマ。無条件の隷属と同義なんです」


 やだ、宗教っぽい話だわ!


「それってやっぱり、その力でこの世界を支配しろってことなのかな?」

「クリナの料理、演奏士の演奏、調香士の香り、ハントの狩る魔獣や野生動物、アニケが家畜と愛玩動物を生育し、私が治療を施す。アキとマニュが道具を作り、邪魔な相手はウォリが排除する。土木士は街作りですかね?ま、とにかく役割分担とやれることはこんな感じでしょうか」

「……で、統治士は?」

「クオリアの改変。私たちを、信頼関係無しで従わせられると考えています」

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