ーTERRA TRIALー(テラ・トライアル)地球の遺産で再試行
K-enterprise
プロローグ
「ちょっと!聞いた?例の話!」
赤い服の人は、青い服の人に話しかける。
「あ~収穫の話?」
青い服の人は、まあいつかはこの時が来るだろうなと、少し冷めた気持ちでいたので、さほどショックは感じていない。
でも、赤い服の人は違うみたいだ。
「せっっっっっっかく、ここまで育てたのに!こっからじゃない!面白いのは!」
服と同じくらい真っ赤な顔で、グーにした両手をぶんぶんと振る。
「仕方ないよ。技術的特異点への到達時間が予想以上に前倒しになっちゃったんだから。そうなれば我々への干渉だって始まるだろうし、頃合いだったんだよ」
青い服の人は、現在抱えていた多くの進化プランをもったいないなぁと思いつつも、もう出来ることは観測するくらいなんだな、と、少しだけ感傷的になった。
「わたしは、諦めたくない!だって、80億、ううん100億までもう少しなんだよ?一つの惑星の上でこんなに知的生命体を育てたの、たぶんわたしたちが一番多いんだよ?」
赤い服のジタバタは頂点に近い。
「ボクらにはどうしようも無いじゃないか。ただの管理者なんだし、そりゃあボクだって少しは悔しいさ。いくら練度上げのためとはいえ、これだけの魂を育てあげた自負はあるよ?でもね、それを一気に収穫することによって何が起こるかってのも、興味はあるんだ」
この惑星に棲む「星霊」が自身の経験値上げのために、標準的な生き物セットを撒いて、そこに自分を小さく分離させ「魂」という塊をその生き物に載せたところ、面白いくらいに自律行動を行って、どんどん増えた。
生き物は自律進化の果て、「魂」を効果的に運用できる「人」という種を生み出し、そこからの発展速度は異常なほど急激なカーブを描いた。
ところが、不思議と、人って存在は、数が一定数に達すると、滅びの道を辿った。
諍い、戦争、自然破壊。彼らはいつも自滅の道を選ぶ。
「たしかに、たしかに!この数の魂を全部一気に集めたらって興味はあるよ?でも、まだ行けるでしょ?」
「う~ん、微妙だね。人の世界のバランスはギリギリにも見える。もし今を逃せば、彼らは自分たちで生み出した核兵器で、それこそ全滅だ。もちろんそれでも収穫には違いないんだけど、放射能って浄化するまで面倒だったじゃない?リスタートの事を考えても、今回も自然災害が望ましいんだよ」
「星霊」は自らの成長の為、人や動物といった、生き物という器にいれた魂を、個体が滅する際に回収し群体に戻すという行為を繰り返している。
水分が集まり雲になり、また一滴となって大地に降り注ぐ。
人の魂もそういう存在だ。
人として、あるいは他の動物として生を受け、いろいろな経験を持ち帰る。
そのサイクルをもう、どれだけ繰り返してきたのだろう。
「くぅ~、わたしたちだって元は人間じゃない?やっぱ愛着があるし……で、わたしたちってどうなるの?」
「さあ、ボクらは人間を管理するための存在だから、彼らを全部収穫するとなると、職を失うんじゃない?そもそも人間が増えすぎて収拾がつかなくなったからボクらは選ばれたわけだし」
「その結果がこれか……まあ、群体に戻るんなら別にそれはそれでいいけどさ……」
赤い服の人はうなだれる。
そう、「星霊」の精神体、すなわち群体に戻ることは別にどうでもいい。むしろ、あの心地よさに包まれた多幸感をずっと味わえるのなら、それは決して悪い話ではないのだ。
「……心残りがあるの?」
「わたし、科学の果てを見たかったなって。人間の能力なら、いつか「星霊」システムやそれ以上の上位システムにまで辿り着けるって信じてた。だからそれが心残り」
「でもそれだと、人間がボクらの存在や、「星霊」の仕組みも理解しちゃうってことで、彼らの性質から考えると危なくない?宇宙が」
「……いっそ、それでも面白くない?創作された悪玉細胞の下剋上の果ては、別の価値観による正当な行為だったとか」
赤い服の人は、ニヤリと笑う。
「結果論だね。強い方が勝つんじゃなく、勝ったほうが強いってやつ。きみは、騒乱を引き起こしたいの?」
「もともと、戦争だろうが、同族殺しだろうが、人が作った価値観なんか興味ないでしょ?文化形態としては尊重するけど。わたしたちだって、善悪なんて指標は持っていないわけだし、どんな行動でも経験値の一つでしかない。なら、人の反乱、ここでは「星霊」システムから抜け出すって行為だって、悪い事じゃないでしょ?」
「少し逃がすってこと?まあ、80億の魂があるわけだから、でも、どこに抜け出すの?宇宙進出もまだできてないんだよ?」
赤い服の人は少し考えたあと、こう続ける。
「ね、確かさ、地球と同じ生き物セットを採用してる惑星って他にあったよね?」
「知識では知ってるけど、いくつかは「星霊」自体が放棄したって聞いてるよ?よっぽど劣悪な環境の惑星なのかも」
「そこにさ、地球の技術を持ち込んだらどうなると思う?」
「物理的にかい?地球人に最寄りの惑星に辿り着く技術は無いよ?」
「……あくまでも、バックアップを……現地素材で再構成した器に……精神チャンネルでパスをつないで……」
「お~い」
青い服の人は、急に考え込んでブツブツ言い始めた赤い服の人に呼び掛けるが、聞こえていないみたいだ。
それにしても、80億の魂を一気に回収するのか。
青い服の人は過去、たくさんの文明を見てきた。
動物だけの時代も、先史文明もそれなりに発展するのだが、今回の文明はそれこそ桁が違っていた。
「星霊」が今回の収穫で、どんな進化を遂げるのかワクワクすると同時に、今の文明に対する心残りも、赤い服の人ほどじゃないがあるのだ。
もし、地球文明の完全バックアップは無理でも、ここから分岐した文明があっても面白いだろうなと考える。
人を過剰に増やさず、個体の満足度を増す。
つまり量より質ってやつだ。
世に中に、正しい事も間違っている事も存在しない。
事実と観測する側の価値観があるだけだ。
「地球文明のifってやつか……」
どうやら赤い服の人に感化されたみたいだ。
青い服の人が、苦笑しながら最後の仕事を全うしようと動き出そうとしたとき、赤い服の人が話しかける。
「ねえ、わたしの最後の仕事、一緒に手伝ってくれない?」
「……どんな?」
「別の惑星で発生した地球の記憶を持つ現地人が、地球の文明の力で創世しますってヤツ」
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