第126話転移魔法

 セリシオが放心している間に、俺達はセリシオを包囲し、ゆっくりと距離を詰める。


 この男を守る者はもう誰もいない。


 ここまで長かったが、これで終わりだ。


「何か最後に、言い残す言葉はないか?」


 最後の言葉くらいは聞いておこうと思ったのだが、セリシオは先程までの動揺は消え失せ、不気味にこっちの様子を伺う。


 なんだ、何を考えている?


「この私がここで死ぬと? そう、あなたは言うのですか?」


「そうだ。お前は大罪人。本来であれば今頃は墓の下にいる存在なんだ。公爵が庇わなくなった以上、お前を生かしておく理由はない」


「く、くく」


 セリシオは再び不気味に笑う。


 何を考えているセリシオ。


 ハッタリではあるまい。


 この後に及んでも、奴にはこの状況を打破出来る何かがあるのか?


 逆に俺が痺れを切らした。

 時間を与えてはいけない。

 剣を抜き、振り上げる。


「さらばだ、セリシオ!」


「ええ、さらばです、レオダス。転移!!」


「なっ」


 そう言うと、セリシオは忽然と、跡形もなく消えてしまった。


 皆、目を見開いて固まってしまう。


「馬鹿な、なんだあれは!」


 部屋内を見渡すが、奴の姿はない。


「あれは転移!? 儀式場もなく単独で転移魔法を使うなんて!」


 アティが愕然と声をもらす。


 転移魔法。


 自分、或いは誰かを一瞬で別の何処かに移動できる高等魔法。


 本来であれば、大規模な儀式場を用意し、複数の術者がいて初めて可能な業と聞いていたが、たった一人でやり果おおせたというのか?


「アイツ、転移魔法なんて使えたのか・・・?」


「いや、使えなかった筈だよ。僕達と別れてから取得したんだ」


 アトスは悔しそうに歯で爪を噛んだ。


 そうだろうな。


 あの臆病な性格だ。

 もし転移魔法が使えたのなら、既に何処かで使っていただろう。


 俺がキャリアオーバーを取得したように、奴も新たな力を手に入れていたわけか。


 くそ、ここまで追い詰めておいてまた逃げられるのか!


 悔しがる俺の手を、アティが掴んだ。


「まだよレオダス。転移魔法は恐ろしく精密な魔法よ。そんなに簡単には使えないわ」


「しかし、奴は現に」


「だから、そんなに長距離は移動できない筈。まだこの近くにいる可能性が高い!」


 俺を掴んでいてくれたアティの手に力が篭る。


 その温かい体温を感じ、喪失感で失われていた体に力が湧き上がってきた。


 諦めるにはまだ早そうだぞ!


 アティの話を聞いたステラが、部屋を飛び出して左右を見回す。


「廊下にはいないよ!」


「それでもまだ遠くには行ってない筈よ。単独で連続転移なんて出来るとは思えないもの。皆探しましょう。諦めるにはまだ早いわ!」


 俺達は頷いて部屋を飛び出した。


「よし、アトスとクレア。アティとステラで組んで探してくれ。魔法使いとしてはセリシオは手練れだ。無理はするなよ」


 小狡い性格にばかり目がいってしまうが、奴も元は勇者パーティー。

 単独で転移を成功させたことも実力を裏付けている。


「レオダスは?」


 アティは心配そうにしているので、俺は無理に笑う。


「見つけたら魔法をぶっ放すよ。すぐに来てくれ」


「分かった!」


「よし急ごう。今は一秒でも惜しい」


 三グループに分かれて、俺達は走り出した。


 アトスとクレアが公宮内を、俺と、アティ&ステラは外を探索することにした。


 俺は一人、辺りを見渡す。


 奴が逃げるとしたら何処に逃げる?


 兵士達が未だにうろうろしている正面玄関の方には行くまい。


 だとすると、はやり裏口の方だろう。


 裏口方面は平原となっていて、茂みや木々が生えているものの、見晴らしがいい。


 しばらく平原を進むと森へと続いているので、逃げるとしたらそこまで行くだろう。


 見晴らしのいい平原を突っ切るかどうかは分からないが、他の箇所は皆が探している。

 俺はこっちを探そう。


 高レベルの脚力で俺は全力疾走する。


 左右を確認するも、人の姿はない。


 外れか?


 或いは既に森に入ってしまったのか?


 だとすると探しにくくなってしまう。


 他の誰かが見つけてくれるといいのだが。


「これに登るか」


 俺は高い木を見つけ、一気に駆け上がった。


 天辺まで登り、辺りを見渡す。


 どうだ? いないか?


 360°見渡すと、


「いた!」


 セリシオは、森へ向かって走っている。


 やはり、そっちに逃げたか。


 アティの言う通り、連続で転移は出来ないようだな。


 俺は木から急いで降りると、再び全力ダッシュ。


 奴がどれほどレベルが上がったかは分からないが、やはり俺の方が速力は上だ。


 徐々に距離が縮まって来た。


「“ファイアボール”」


 俺は空目掛けて魔法を撃つ。


 これで仲間達にも俺がセリシオを発見したことが伝わっただろう。


 セリシオは後ろを振り向き、俺に向かって魔法を撃ってくる。


 俺はそれを丁寧に躱しながら、奴との距離、50メートルくらいまで迫った。


「ここまでだセリシオ。もうすぐ皆も来る」


「ぐっ、まったく鬱陶しいですね。辺りを飛び回る虫のようですよ」


「寄生虫のお前に言われたくないぞ」


 セリシオも逃げるのは止め、俺と対峙する。

 やる気だ。


「追って来たのがあなただけならば、なんのことはありません。ここでキッチリと殺しておきますよ」


 セリシオは、魔力を練り上げ、いつでも魔法を放てる準備を整え始める。


 俺もドラゴンスラッシュを抜くと、前傾姿勢気味に、構えを取った。


「勝負だセリシオ。ここで決着をつける!」

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