第125話夢の終わり
セリシオは口をパクパクさせながら、顔を真っ青にしている。
こいつは今、全てを失ったんだ。
まあ、後ろ盾が無くなった。
それだけがこいつを守る全てだったんだけどな。
信頼できる人間など、こいつにはいないのだから。
「う、嘘だ。嘘をつきなさい。そんな話を信じるわけが」
「じゃあ、なんで俺達がここにいると思う? 外は兵士達でいっぱいだったんだぞ?」
「うっ」
ビクリと身体を震わした。
セリシオは小さく、気持ち悪く笑っている。
現実を受け止められないのだろうか?
「セリシオ。お前にはいくつもの罪がある。だが、罪状をいちいち上げてやるつもりはないぞ。お前は、ここで死ぬ」
「っつ!!」
セリシオは一歩後ろに下がった。
逆に、一歩前に出る人物がいる。
「させません!」
アターシャ嬢だ。
アターシャ嬢が震えながら、両手をいっぱいに広げてセリシオを庇う。
このお嬢さん。
この状況でまだセリシオを庇うのか。
どうしようもないと思うも、その愛は本物ってわけだ。
というかセリシオはその後ろで笑っているが、こんな少女に守られて、こいつは恥ずかしくないのか?
アターシャ嬢は今、自分がセリシオを守っていると思って、また恋心を燃やしているのかもしれないな。
だが、その幻想の愛。ここで終わらせてもらうぞ。
「クレア」
「はい」
クレアはバックから“真実の鳥”をアティに手渡した。
アターシャ嬢は小首を傾げ、アティが持っている物を凝視する。
「それはなんですの?」
「知ってるかしら? “真実の鳥”よ」
「まあ!」
「なぁ!」
二人は同時に驚いた。
ただ、驚き方は異なる。
アターシャ嬢はただ、好奇心を含んだ驚きで、口に手を当てているのに対し、セリシオは驚愕で目を思いきり広げ、危機感が見て取れる。
アターシャ嬢だけでなく、セリシオも知っていたか。
ならば、こいつの反応は当然のこと。
これでもう、お前の薄っぺらい愛もお終いだ。
「こ、これが本当に“真実の鳥”なんですの?」
「試してみたら?」
アティは〝真実の鳥〟の紐を取ると、アターシャ嬢の方へと向ける。
すると、
『これでセリシオ様との愛が本物であると証明できますわ!』
「まあ!」
アターシャ嬢は喜んで飛び上がった。
どうやら正解らしい。
しかし、ここでセリシオが焦って怒鳴りつける。
「ま、待ちなさい。それは常々アターシャが言っていたことです。そんなわけのわからない魔法アイテムが本当の気持ちを代弁しているかなど判りませんよ!」
セリシオは必死だ。
このままでは自分の気持ちを白日の下に晒されてしまうのだから当然か。
アティはそんなセリシオを見てニヤリと笑う。
「じゃあ、アターシャしか知らないことをこの鳥が喋ったらどう?」
「な、う。そ、それは・・・」
完全に挙動不審になったセリシオは、無意味に手を宙に彷徨さまよわせ、オロオロするばかりだ。
アティは“真実の鳥”をアターシャ嬢に向けると、
『実はセリシオ様に内緒で料理を勉強中ですの。いつかセリシオ様に食べていただきたくて、きゃ!』
お花畑だなぁ。
これが普通のカップルなら微笑ましい心の声なんだろうが、この子現実見えてるか?
「当たってる?」
アティが尋ねると、アターシャ嬢はコクコクと頷きながら、頬を染める。
まともに出来るようになるまで内緒にしておきたかったんだろうなぁ。
アティは、今度はセリシオに“真実の鳥”を向けた。
「ひぃ!!」
セリシオは一歩後ろに下がり、さっきまで座っていた椅子の角にぶつかった。
焦りで顔からは脂汗が滲んでいる。
「こ、こっちに来るな! そんな正体不明のアイテムを私に向けるんじゃありませんよ!」
「セリシオ様。心の中を覗かれるようで、いい気持ちはしないかもしれませんが、これでわたくし達の愛が本物であると証明できますわ」
アターシャ嬢はこれから起こるであろう、甘い瞬間を想像し、頬を赤らめ、妄想に浸っているようだ。
対してセリシオは、そんなアターシャ嬢に鋭い視線を向けた。
何も知らない純真無垢な少女は、セリシオが何故ここまで嫌がっているのか理解できない様子。
「さあ、セリシオ。晒しなさい。その醜い心を」
「や、やめっ」
セリシオは狼狽しながら、自らを隠すように両手で身体を覆い、アターシャ嬢は期待に胸を膨らませた。
『その鳥をこっちに向けるな! 私がアターシャを道具としか思っていないことが判ってしまう!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
その瞬間、アターシャは目を真っ黒にさせ、身体を硬直させた。
「ち、違います、アターシャ。私はあなたを愛して」
『私はこの小娘のことなどなんとも思っていない。ですが、傀儡として働いてもらうにはこれが一番手っ取り早かった』
「黙りなさい!」
『そ、そうだ。心の声を呟けばいいだけです。私はアターシャのことを愛してなどいない・・・・・・・・』。
「っつつつ!!」
顔を引きつらせ、セリシオは“真実の鳥”を睨みつけた。
そう、“真実の鳥”が心に思っていることを声に出すのなら、心の中で偽りの呟きさえすればいい。
だが、この鳥はそれを許さない。
「この鳥は、あんたの心の奥の、真実の声を言葉にするわ。薄っぺらい表面の声じゃなくてね」
「ぐぅうう!!」
顔を歪ませ、セリシオはアターシャ嬢の肩をガッと掴んだ。
「黙されてはいけませんアターシャ。これが“真実の鳥”なんてあいつらが言っているだけです。私達の愛は紛うことなく真実」
『ここでキスでもすれば、この女も私への想いを強くするはずです』
アターシャに顔を近づけていたセリシオよりも早く、“真実の鳥”が本心を言ってしまったので、セリシオは慌ててアターシャの肩から手を放した。
ここまでくれば、このアイテムが本物であると、疑う者はいないだろう。
セリシオは恐る恐るアターシャの表情を伺う。
下を向いているので、表情がよく見えない。
さっきまでは表情が抜け落ちたような顔をしていたが。
「・・・セリシオ様」
「あ、おお。愛しき人よ。あんな鳥よりも私の言葉を」
バン!!!!
「あひぇ!」
セリシオは思い切り頬をひっぱたかれ、床に転がった。
アターシャ嬢は涙を流しながら、客室を走り去っていくので、クレアは慌ててアターシャを追おうとしたのだが、
「ほっときなさい。愛している人が死ぬよりも、失恋の方がましでしょ。そこまで面倒見切れないわよ」
アティに止められ、クレアは追うかどうか、俺に視線でアドバイスを求めるので、俺も目を瞑り、そっとしてあげたほうがいいと告げた。
そして、セリシオに向かって一歩前へ。
「終わりだ。アターシャ嬢の甘い愛の幻想も、お前の醜い野望も。二つの夢が今、終わったんだ」
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