第122話レオダス対レキスターシャ3


 レオダスの気配が変わった。


 レキスターシャはそれを肌で感じた。


 ビリビリとしたプレッシャーがレオダスから放たれる。


 先程までとは何かが違う。


 というか、そもそもレキスターシャと打ち合えることがまず異常なのだ。


 レキスターシャはレベル30。


 その自分に、この若者は負けていない。


 戦闘経験も、魔法も、おそらくはレベルもこちらが上。


 だが、それでもこの若者はついてくる。


 確かに、濃密な戦闘経験を積んでいるのだろう。


 それは戦っていて肌で感じる。


 だが、レキスターシャは自分とは決定的に違うものをこの若者から感じていた。


「あんたの考えは解っているぞ」


「何?」


 レオダスは腰を落とす。


 プレッシャーが更に高まる。


「自分を止めて欲しいんだろ。この戦い、もう自分自身では止められない。自分を負かしてほしい。だから、そっちに全くメリットがない勝負を受けてくれたんだ」


「むぅ・・・」


 無論、レキスターシャはレオダスがそれを理解していると理解している。


 だが、ハッキリと言われると心に響くのだろう。


「だけどな」


 レオダスが走る。


 その踏み込みには一切の迷いがない。


 もうこの時点で先程とは違う。


 鋭い、深い踏み込みである。


「甘えるな!!」


「ぬぅ!」


 剣と剣がぶつかり合う。


 ガチガチとお互いの剣が揺れ、力は拮抗状態。


 先程は押し返したというのに、今度は出来ない。


 なんだ。


 一体この男に何が起こっている?


「あんたは十分に強いだろう。身体だけじゃなく、意思だって強い筈だ。娘の言いなりになるなよ!!」


「ぐっ、き、貴様に何が解る!!」


 そう。

 レキスターシャは敗北を心のどこかで望んでいる。


 だから、ここぞの気迫が足りない。


 手は抜いていないつもりだが、それがこの若者とは決定的な違いなのだ。


 剣を弾く。


 が、レオダスはすぐさま踏み込みを再開する。


 息つく隙もない攻撃に、レキスターシャは鼻白んだ。


「貴様に、わしの、何が解るというのだ! 娘を愛するわしの気持ちの何が!」


「ああ解らない。あんたの気持ちは完全には解らない。だが、この戦いは娘の愛だけで片付けられることじゃないだろう」


「そんなことは解っている!」


「いや、解っていない。ここにいる兵士を見ろ。彼らにも家族がいるぞ。大切にしている子供達だっているぞ!」


「!!」


 ビクリと、レキスターシャの身体が震える。


 レオダスの目が更に鋭くなる。


『そんなことも気づいていなかったのか』と。


 レオダスの力が強くなるが、逆に、レオダスの言葉と気迫に、レキスターシャは押され始める。


「ぐ、ぐぅ」


「あんたは公爵だろ。だったら戦いに出る兵士だけじゃなく、残された人達のことも考えろ! 大切な人を残していく気持ちも! 残って、その大切な人を失う人の悲しみも!」


「わ、若造が。わしは将軍だぞ。そんなことは解っている」


「いいや、解っていない。あんたは今、自分の娘のことだけを見ている」


「貴様にわしの何が!」


「俺みたいな若造に諭されるあんたはなんだ!!」


「ぐぅお」


「はああああ!!」


 受けきれず、レキスターシャは大きく後ろに吹き飛ばされ、すぐに立ち直るが、ダメージはあるようだ。


 レオダスは悠然とそれを見つめる。


 レオダスから噴き出る力。


 普通の剣士のものとはまた違う。


 気迫、いや、覇気とも思えるものだ。


 この若者は、なんだ?


 既に、気持ちの上では勝負は決していた。


 だが、レキスターシャは意地で再び立ち上がる。


 レオダスは、ここで心と共に身体もダメージを与えるべきであると解っていた。


 つまり、必殺の一撃が必要だ。


「一つ、感謝したいことがある」


「なんだ?」


「子供の頃のことを思いだした。ずっと忘れていた頃のことを」


「・・・何?」


 空気が妙な方向に流れてきた。


 一体何をするつもりだ?


 レオダスはこれまで正眼に構えていた剣を横にする。


 明らかに今までと違う動作だ。


「子供の頃、俺のじーさんに教えられた技だ。今まで出来たことが一度もなかったから、すっかり忘れていたよ」


「忘れていた技、だと・・・」


 チラリと、思わずアティシア達の方に視線を移すと、彼女達も困惑している様子だ。


 仲間達も知らない技。

 本当に忘れていたのか。


「今からあんたを救ってやる。死に物狂いで受け止めろ」


 ゾワリと、レキスターシャの肌が泡立った。


 来る。

 とんでもない一撃が来る。


 レオダスが走る。


 あのフォームから予想される攻撃は横薙ぎだ。


 だがなんだ。


 身体がチリチリと音を立てているかのようだ。


 これまで戦い抜いてきた経験が、全力で防御しろと訴えてくる!


 すると、レオダスの腕にブワリと炎が吹き上がった。


「何!?」


 高速で腕を振った為に空気の摩擦で燃えたのか?


 しかし、服は燃えていない。


 魔法か?


 なんだあれは?


 自分の意で、燃やすものを選定し、完全に制御している。

 この男はそれ程魔法が得意ではないはずなのに!


 それが腕から剣に、炎が巻き起こる。


「なぁ!」


 眩い炎。


 これは攻撃魔法の力強さ。


 それを剣に乗り移され、横から薙ぐ。


「円斬焔神えんざんほほのかみ!!」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 燃え上がる剣を受け止めるが、とても押し返すことが出来ず、そのまま吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面に打ち付けられるように転がった。


 身体がバラバラになったようだ。


 それでも尚、震える身体で剣を取ろうとしたが、ビキリと音を立て、家宝であり、鉄をも切り裂く名剣がへし折れた。


 レオダスの剣はドラゴンスラッシュ。


 こちらも類まれなる名剣であるが、それだけでは剣は折れない。


 この技あってこその結果である。


「初めから魔力を持った剣ではなく、付与魔術士から魔力を付与されたわけでもなく、ただの攻撃魔法を剣に乗せた。既存にはない全く別角度からの魔法剣」


 ただの魔法剣であれば、これ程の威力は出ない。


 炎属性に弱いモンスターでもない限り、炎が纏わりついた剣にそれ程攻撃力アップの要素はない。


 しかし、この剣はただの魔法剣とはまったく違った。


「一体それは・・・」


「さあ? 知らないよ。俺のじーさんが昔見せてくれて、それ以上は聞いていないからな」


「ぬしの家系は、一体何なのだ?」


「それも、さあ? だな。ただの平民だと思うよ」


 レオダスはあっけらかんとそう言った。

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