第119話急転

 俺達は数日かけて、虚偽の塔から帰還した。


 公都に入って最初に気になったのは、民の様子だ。


 戻ってきた公都は騒がしかった。


 いや、騒がしさは虚偽の塔へと向かう前にもあった。


 だが、それは活気のある騒がしさだったが、今感じているのは、不安や焦燥。


 一体何が起きているんだ?


 皆も、すわ何事かと、不審に思っている様子だ。


 俺は、適当に歩いている人に声をかけた。


「なあ、一体何があったんだ?」


 俺が声をかけた男性は、『何を言っているんだこいつは?』といった風な顔を作る。


「あんた、今この公都に来たのか? だったら今すぐに出て行ったほうがいい。もうすぐ戦争に巻き込まれるぞ」


「な、なんだって!!」


 戦争だと?

 馬鹿な!


「何が起きたんだ? 数日前にはそんな話全くなかっただろう?」


 男は幾分落ち着いたのか、声を落として答える。


「ああ、公爵様が、急に戦争意思を表明したんだ。俺らだってびっくりさ」


「・・・レキスターシャ公が」


 男は肩を落とす。


「確かにあの方は軍人だったけど、すぐ武力に訴えるような荒っぽい人じゃないんだ。だから、俺らは驚いている。何かの冗談かと思ったくらいだ。だが、実際に兵を招集して戦争の準備をしている。もう、何が何だか分からない」


 そりゃー分らんだろう。

 正直俺もたまげた。


 だが、俺には心当たりがある。

 残念ながら。


 おそらく、いや、間違いなく、これにはセリシオが関わっている筈だ。


「俺も引っ越ししようか考えているところだよ。既に荷物をまとめている奴らも多い。あんたらは旅人か? だったらここにはいないほうがいい」


 そう言い残すと、男は足早に去っていった。


 まさか、戻ってくるなりこんなことになっているなんて。


「レオダス」


 アティがずいっと前に出る。


「公宮にいきましょう。この騒ぎの原因はきっとセリシオだわ!」


「まず間違いないだろうな。行くぞ皆」


「「「了解」」」


*********


 公宮の前には、おびただしい数の兵士達が、武装していた。


 これが皆レキスターシャ公に仕える兵士達か。


 ここにいるだけでも、数百、あるいは千に迫ろうという数がいる。


 おそらくはまだ集まるだろう。


 流石に国内最大の軍事保有領だ。


 俺達が公宮に入ろうとすると、当然のように呼び止められた。


「止まれ。なんだお前達は?」


「レキスターシャ公に会いたい」


「馬鹿を言うな。今がどんな状況か解っているのか? お前のような・・・冒険者か? そんな人間を通すわけにはいかん!」


「いや、俺達は公爵の知り合いなんだ」


「そんな話が信じられるか。駄目だ駄目だ。あまり騒ぐなら牢に放り込むぞ」


 くそ、取り付く島もないな。


 兵士は剣を抜いており、これ以上ここで騒ごうものなら、本当に斬りかかってきそうな雰囲気だ。


「通しなさい」


 凛とした声が響く。


 アティだ。


 彼女がいつもの天真爛漫な顔を脱ぎ捨て、王女としての顔を覗かせ、兵士を真っ正面から見据える。


 それが兵士にも伝わったのか、ちょっと気後れしながら質問する。


「なんだお前は?」


「私は、この国の第一王女、アティシア・エル・ドゥ・エルベキア。レキスターシャ公と話があります。ここを通しなさい」


「アティシア、王女・・・」


 その言葉が、波紋のように周りに伝わっていき、兵士達が次々とこちらを見つめる。


「アティシア王女?」

「まさか、名を語る偽物だろう」

「捉えるべきか?」

「だが、あの佇まい。只者じゃないぞ」

「じゃあ、本物か? なんでここに?」


 これまで会話をしていた兵士も、アティに対し、どう行動をとっていいか判らずに、オドオドしてしまっている。


 そこに、


「アティシア王女」


 声をかけてきたのは齢50程の兵士だ。


 彼はアティの前まで来ると、スッと膝をつく。


「貴方は?」


「サディンバンと申します。以前、公爵様に付き従い、王宮で貴方様をお見かけ致しました」


 どおおおお、と兵士達が激しく動揺し始める。


「サディンバン殿が知っている?」

「では、本当にアティシア王女?」


 一人、また一人とアティの方を見つめ、膝をついていく。


 流石は第一王女。


 普段はあんなに明るいのに、今は厳かな雰囲気すら漂わせている。


 さしずめ俺達は従者ってところか。


「サディンバン。なんでこんなことになっているのか、貴方は知っている?」


「・・・存じております」


 アティは目を細め、小さくため息をついた。


「貴方は公爵と行動を共にした人物。諫めることは出来なかったのかしら?」


「・・・」


 サディンバンは頭を深く下げ、渋面を作っている。


 おそらく彼なりに葛藤があったのだろう。


 実際に諫めようとしたのかもしれない。


 だが、その願いは叶わなかったわけか。


「いいわ。私が直接、公と話をします。ここを通しなさい」


「御意のままに」


 サディンバンはここでは古株で、立場のある人間なのだろう。


 彼が「おい」と言うと、皆がさっと道を開けた。


 アティは悠然とそこを進み、俺達も後に続く。


 まあ、完全に金魚の糞だな。


 いつものアティしか知らないステラなどはびっくりしている。


 そう、王女としてこんな顔も出来るんだ彼女は。


 初めて会った時もそうだったな。


 俺達は、そのまま公宮へと進んだ。


 いや、進もうとした。


 その道の先に、


「レキスターシャ公」


 彼が仁王立ちして待ち構えていた。

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