第116話虚偽の塔12

 強敵だったな。


 もしこの場に、アトスやクレアといった聖属性の使い手がいなかったら、どうなっていただろうか。


 念のため、俺は鎧を潰していく。

 あくまでも念のためだ。

 もう大丈夫だろうけどな。


 その後で、俺達はようやく通路を進む。

 これまでは入り組んだ廊下が続いていたが、ここは真っすぐな一本道。


 通路には、塔の外部にも見られた見事な幾何学的な紋様が刻まれている。


 それも間もなく終わり、先程のフロアよりも幾分か小さいフロアに出た。


「ここが、終着点?」


 アティがそう呟く。


 目の前には、台座があり、その上にはぽつんとワイングラスのような置物が置かれていた。


 “ような”と言ったのは、何か液体を入れるような空洞はなく、この物体は色とりどりの幾何学的な装飾が施されており、これがいったい何なのか分からない。


 もしかしたら、この上に何かが乗っていたのかもしれない。


 その“何か”がない。


「何もない、よ?」


 アティが辺りを見渡すが、この先に道はない。


 この階は一本道で分岐はなかった。


 当然階段もなく、ここが終着点なのだろう。


「この変なのが、お宝ってこと?」


 ステラは台座に置かれていた物を取ってみる。


 台座に固定されていたわけではないな。

 簡単に取ることが出来た。

 大きさもワイングラスと同じくらいだし。


「それ、一体何なんだ?」


「分からないよ。文字? じゃないと思うんだけどね」


 掘られている幾何学模様を見てみるが、独立して並んでいるわけではないので文字ではないだろう。


「やっぱり、この上には何かが乗っていたんじゃないだろうか?」


「もしかして、それが“真実の鳥”?」


「分からない。“鳥”っていうくらいだから鳥の形を模しているんだと思うけど、これは違うよなぁ」


 グラスと言われれば納得できるが、どう見ても“鳥”には見えない。


「えーと、つまり、ここには何もないってことなの? この変なのの上に何かがあったかもしれないけど、それがない。つまり、ここは既に誰かによって攻略された後?」


 アティが狼狽えながら、俺に視線を移した。


 そう、考えるのが一番妥当だろう。


 このワイングラスもどきが宝だとはちょっと思えないし、周りには何もないが、明らかに何かがあったと思わせる作りになっている。


 何かがあったのだ、ここに。


 それを誰かが持ち去った。


「そんなぁ~」


 アティが肩を大きく落とした。


 俺も、皆も脱力している。


 はあ、これだけ苦労して何の成果もなし、か。


 しばらく誰も何も言わない。


 だが、このままずっとここにいるわけにもいかない。


 俺は少し大きめに声を上げた。


「皆、悔しいが、攻略済みのダンジョンに後から来たなんて例はいくらでもある。痛いが、今回はそのケースだったんだろう」


「まあ、そうだね。冒険者やってれば間々あることだよ。気持ち切り替えていこう」


 経験豊富なステラは俺に言われて気持ちを切り替えたようだ。さっぱりした顔をしている。


「そもそもだ。ここに“真実の鳥”が絶対にあるって保証は何もなかったんだ。元々低い可能性に頼って来たんだから、どれだけ苦労しようと、なかったのは仕方のないことだ」


「そう、だね。ここでこうしてもいられない。ここにないのなら、別の手掛かりを探さないといけないよ」


 アトスは自分に言い聞かせるようにそう言い、クレアも頷く。


 アティはまだ未練がありそうに台座を見つめているが、それで何がどうなるものでもない。


「帰ろう。戻ってまた手掛かり集めからやり直しだ」


 う、言ってて気が重くなってきたが、ここでは言わないぞ。


 トボトボと、俺達は通路を戻り、ゲリュオーンを倒したフロアの入り口に入ろうとした時、何かが俺の頭に閃いた。


 バッと後ろを見つめる。


 なんだ、この違和感は?


「何、レオダス?」


 アティに尋ねられても、俺はしばらく硬直して動けないでいた。


 なんだ。

 なんだこの違和感は。


「レオダス。どうしたの?」


「ちょっと待ってくれ」


 俺の様子がおかしいので、皆が俺を注視する。


「・・・なあ、おかしくないか? この塔は外からは直立して真っすぐに伸びていたんだぞ? だったらこの最上階はあまりにも狭くないか?」


 ゲリュオーンと戦ったこのフロアは確かに大きかった。


 しかし、この位のフロアは下の階にもあったし、その階には、入り組んだ通路や別フロアがあった。


 この階にはこのフロアと通路、そして、あの小部屋しかない。


「もっと何かあっていい筈なんだ。何故これだけしかない?」


「何もない壁で埋まってるだけじゃないの?」


「・・・そう、だな。確かにそう考えるのが自然なんだろうが」


 だが、ここは虚偽の塔。


 散々俺達を悩ませてくれたダンジョンだ。


 何かあるのではないかと疑ってしまう。


 俺はさっきまでいた小部屋へと続く通路を見つめる。


 だが、そこには幾何学模様が施されたまっすぐ伸びる通路があるだけで、どこかにドアも分岐点もなく・・・。


「・・・幾何学、模様?」


 俺はあることを思いつき、急いでさっきまでいた小部屋へと走った。


「ちょ、ちょっとレオダス!?」

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