第93話撃退

 俺を襲ってきた男は、目の前で舌なめずりをした。


 ふむ、暗殺者ってジョブを修めているわけではないだろうな。


 人を甚振るのを楽しむタイプの人間か。


 男はナイフを構える。


 構えは中々板についているな。


 暗殺者ではないものの、全くの素人ってわけじゃないらしい。


 俺は警戒し、腰に差している剣を抜く。


「セリシオになんて言われて、俺を襲うように言われたんだ? 奴は何をしようとしている?」


 男は俺が質問をしても、「きしし」と笑うばかりで答えようとはしなかった。


 ほぅ。


 べらべらと喋ってくれるかと思ったが、こいつ、暗殺者ではないものの、こういった荒事の仕事には慣れているらしい。

 余計なことは喋らないか。


 ベロりとナイフを舐めると、男が動いた。


「死ねぇ!!」


 ナイフを突き出しての突進。


 俺はそれを落ち着いて躱すと、そのまま剣を振り下ろした。


「うっ」


 焦った男は距離を取ろうとしたが、俺はそれを許さずに追撃する。


 男はナイフを横に薙ぎ、追撃を許さんとするが、これも俺は受け止め、そのまま男に前蹴りを繰り出した。


 今度は躱すことが出来ずに男は大きく後ろに飛んで、着地するものの、ズルっと腰を落とす。


「こ、この野郎」


 男は立ち上がり、再びナイフを突き出す。


 動きは悪くない。


 冒険者ギルドに登録しているかは分からないが、ランクでいえばおそらくBクラスであろうと俺は推測した。


「シッ、シッ、シィ!!」


 軽量のナイフを生かした連続攻撃。


 速い。


「ッチ」


 クロスレンジから距離を置いてミドルレンジに。剣を生かした間合いへと移動。


 ナイフの軌道を見切り、一気に振り下ろす。


 斬!


「ぐああああああ」


 手元を斬られて男は喚く。


 落としたナイフを横に蹴り、俺は身構えた。


「さあ言え。セリシオに依頼されたんだろう。それさえ分かればこの騒動はお開きだ」


 そう。

 セリシオが俺を殺そうとしたことが判れば、流石にあのお嬢様も目を覚ますだろう。


 が、男は笑った。


「ふん! だろうよ!!」


 俺は後ろを振り返るとそこにはもう一人の男がいた。


「甘い!」


 回し蹴り。


 振り返ると同時にもう一人の男の腹にめり込ませる。


「がっ!」


「まだいるだろ!!」


 今度は二人、同時に攻めてきた。


「死ねやぁ!!」

「きゃっはーー!!」


 二人の攻撃を同時にさばく。


 流石に手数は多い。


 それをさばき続けるには一苦労。


 やはり人間とモンスターとは一味違う。


 俺は軽快にバックステップを踏むと、男二人の同時攻撃を中断させる。


 二人同時に同スピードで攻め続けることは出来ない。


 どちらか一方が僅かであっても早くこちらに届く。


 早く俺に到達した男のナイフを弾き、一閃!


「がっ!」


 斬り伏せられた男の後方からもう一人がやって来る。


 だが甘いな。


 先にやられた男に目が行って、動きがチグハグだぞ。


「はあああ!!」


 ナイフを弾く。


 そしてそのまま回転切り。


「ぐああああ!!」


 男はゴロンと倒れた。


 これで四人撃退。


 さて、と。


「おい。お前もやるか?」


 俺は暗闇に潜む男に話しかけた。


 そう。

 襲撃者は5人いたのだ。


 まだ姿を現していない男に言うと、焦った男は脱兎のごとく逃げだした。


「逃がすか」


 一人でも捕まえればこっちの強力なカードになる。


「くっ」


 男は飛びナイフを投げてくる。


「なめるな!」


 ナイフを剣で弾き、速度を緩めずにさらに追走。


 角の通路を曲がった。


 俺も曲がると男はゴロンと捨ててあったゴミ袋を通路にぶちまけた。


「無駄なあがきを」


 軽く飛び上がり、袋を躱し、更に追走しようとするが、飛び上がった所に男が放った投げナイフが。


「くっ」


 空中で躱すも態勢を崩し、俺は腰を落として着地しなければならなかった。


 止まってしまった俺は再び立ち上がり、追いかけようと加速する。


 再び曲がり角にぶちあたり、そこを曲がると、


「っつ」


 男の姿はなかった。


「くそ!」


*********


 賢者サイド


「失敗したですって!!」


 私は大きく怒鳴り声を上げた。


「何たる無能。あなた達は五人でしょう。なんで一人を相手に勝てないのですか!」


 私は逃げてきた男を罵った。


 当然でしょう。


 何のために高い賃金を払ってこんなチンピラを雇ったというのに、この程度のことも出来ないなんて、なんという無能共なんでしょう。


 天才の私の真似をさせようとは思いませんが、報酬をやろうというのですからプロとして、しっかり仕事をこないしてほしいものです。


「こ、こっちにも文句があるぜ。てめえ、一人の男を殺せってそれしか言わなかったよな! なんだあいつは!? 滅茶苦茶強えぇじゃねーか。こんなの聞いてねーぞ」


「だからこそ五人も雇ったのです。だというのにあっさりと逃げ帰って来るとは、何を考えているのですか!」


「うるせえ、もうてめえの依頼なんかこっちから願い下げだ。あんなのと戦うなんて割に合わねー」


「なっ」


 私は狼狽えた。


 ここでいなくなってしまっては困るのです。


 必ず奴を殺してもらわなくては。


「ま、待ちなさい。報酬を上げます。だから待つのです!」


 だが、男は待ってくれなかった。


 私はぐっと拳を握り、歯ぎしりをした。


「お、おのれぇレオダス。なんで奴は私の思い通りにならないのですかぁーー!」


 次、人を雇う時は、もっと精査しなければなりませんね。

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