第88話太々しい男

 アティは一度息を吸い、ゆっくりとレキスターシャ公に話しかけた。


「・・・貴方の苦しみ、貴方の半分も生きていない、子供もいないあたしには想像もつかない。でも、これだけは聞いておかなくちゃいけない」


 じっと、レキスターシャ公の目を見て、アティは尋ねる。


「もし、アターシャが戦争を望んだら、貴方はどうするの?」


「・・・争いたくはありません」


 つまりは、その答えは・・・。


 アティは神妙な顔を作り、息を吐く。


「そう。解った。本当ならこの場で貴方を拘束しないといけないんだけど」


 アティは周りを見渡した。


「この宮殿で貴方にそんなことをしては、こっちが危ないね。あたしとしても、貴方にそんなことはしたくないし」


「・・・殿下」


「そもそも、悪の元凶をなんとかすれば、こんな馬鹿げた騒動は収まるんだから」


 怒りを鎮める為に、深呼吸すると、アティは尋ねる。


「セリシオは、何処?」


「あの悪魔ならば、客間をまるで、自分の私室のようにして過ごしています。我が家の使用人も、自分の物のように」


「まあ、あの男ならやりそうよね」


 どこまでも、恥知らずで太々しい野郎だ。


 俺は奥歯を噛み、レキスターシャ公に尋ねる。


「会えますか?」


「無論」


「じゃあ、案内してください」


*********


 俺達は使用人さんに案内されて、セリシオが使っているという客間の前までやって来た。


 レキスターシャ公は案内してくれなかった。


『あの男を前にすれば、冷静ではいられなくなる』だそうだ。


 その通りだ。


 彼にとっては正しく悪魔のような男だもんな。


 この中に、セリシオがいる。


 俺は喉を鳴らし、ドアノブに手を伸ばした。


 バンと、ドアを勢いよく開け、客間の中に入る。


 そこには、あの男がいた。


「・・・セリシオ」


 セリシオは一瞬驚いたものの、すぐに気を取り直し、優雅に目元にかかっていた髪をかき上げた。


「おやおや、ノックもしないで入って来る不作法者は誰かと思いましたが、あなた達でしたか」


 俺達を前にしても、全く動じることなく、太々しく笑う。


 こいつ、俺達が手を出さないと思って・・・。


「セリシオ。お前を拘束する」


 俺がそう言うと、セリシオは鼻で笑った。


 馬鹿にしやがって。

 歯噛みした。


「無駄なことはよしなさい。私はね。公爵家の客分なのですよ。その私を拘束など出来るわけがないでしょう」


 絶対的な余裕。

 自分は安全だと分かっているんだ。


「ふざけるな。お前の所業が無罪になるわけがないだろう。何をしたのか解っているのか!!」


「フッ、何を言うかと思えば、悪の元凶とはあなたのことでしょうに」


「なんだと?」


「王宮での騒動。あれはあなたがしたことでしょう」


「なっ!?」


 俺は目を見開いた。


「あなたは悪魔を召還し、混乱の魔法を使い、我々の認識を狂わせたのです。あたかも私が犯人であるかのように偽造してね」


「ふざけるな! 誰がそんなことをするか。どれだけの人間がお前と悪魔が一緒にいるところを見たと思ってる!」


「頭は大丈夫ですか? 言いましたよね。混乱の魔法を使ったと」


「俺は初級魔法と中級ではファイアーボールしか使えない。状態異常の魔法なんか使えるか。お前が一番それを分かっているはずだ。俺を追放したお前がな」


「はんっ!」と、セリシオは鼻で笑う。


「おやおや、自分が無能であることを棚に上げ、私を責めようというのですか? どこまで厚顔無恥なのです?」


 我慢が出来なかったのか、アトスが声を荒げた。


「ふざけるな! レオダスは必要な人間だった。彼がいなくなってダンジョン攻略がまるで進行しなかったのはお前だって十分理解しているはずだ!」


 セリシオは冷笑し、アトスを歪んだ表情で見つめる。


「それは頭数が足りなかったからです。後に入れたステラが無能だったからです。議論の余地はありません」


「無能はそっちでしょ。議論の余地はないね」


 ステラがそう言うと、セリシオは先ほどまであった余裕の表情が消えうせ、顔に青筋が浮く。


「この私が、無能ですって?」


「そう。大賢者改め、愚者と名乗るといいよ」


「ふざけるな!!」


 セリシオが喚く。


 さっきまでのスカした態度がなくなり、ちょっと溜飲が下がった。


「ああ、じゃあ、証拠を聞かせてあげるよ。あんたがずっと苦戦していたあのダンジョンね。レオダスを入れたらあっさり攻略できたよ」


「なん、ですって?」


 これは初耳だったのか、セリシオは驚愕の表情を浮かべるが、すぐに気を持ち直す。


「なるほど、アルトスが無能だったのですね」


「まあ、確かにあれも困ったちゃんだったよね。だけど、あんたほど無能じゃなかったよ」


「・・・貴様」


「じゃあ、これはどうかな。そもそもあのダンジョンには、魔王を倒す為のアイテムなんてなかったよ。あそこに貴重なアイテムがあるって情報を持ってきたのは、あんただっていうじゃない」


「なっ!?」


 今度の驚きはさっきよりも大きいようだった。


 これは誰のせいにも出来ないからな。


「な、なるほど、あの情報屋が無能だったと」


 あ、するんだ。


「それを精査するのがあんたの仕事でしょう。それすらまともに出来ないの? この、無能者」


「こ、この、貴様ぁ!」


 セリシオから魔力が漏れる。


 ああ、やっぱりこいつ、魔力制御が出来ていない。


 ちょっと感情がぶれるだけで魔力が漏れるんだからな。


「いいわ」


 アティが小さく低い声を出す。


「あんたから先に魔力を出しているなら、これって正当防衛よね?」


 ブァっと、アティから魔力が噴き出す。


 こっちは明確な攻撃の意思で出しているものだが。


「消えなさいセリシオ。これで後腐れないわ」


「お、おい」


 やばい、アティは本気だ。


 流石に公爵家の中で戦闘行為は不味いだろう。


 セリシオも本気で戦闘をするつもりなどなかったし、攻撃される筈がないと思っていたのか、顔を引きつらせた。


「ま、まっ」


「お待ちください!!」


 その時、ドアが勢いよく開かれ、一人の人物が現れた。

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