第83話高名な依頼人

セリシオ。


 あいつがアターシャ嬢の恋人だって?


 なんであいつが?


「わけが分からないわ!」


 アティは思わず立ち上がる。


「あいつは大罪人よ。なんでそんな奴がアターシャの恋人に収まってるのよ!」


「どうも以前から交流があったらしい。あいつも元は有力貴族だからな」


 そういえばあいつ貴族だったな。

 いつもそれを自慢していたっけ。

『わたしはあなた方とは違うのです』って。


「そして、アターシャ嬢を頼って、レキスターシャ領に逃げ延びたようだ。まさかそっちに逃げるとは予想外でな。対応が遅れた」


 確かに、一番可能性があるのは国外逃亡だったのだから、これは意外だ。


 しかし、あいつが公爵とつながりがあったとは・・・。


「聞くところによると、アターシャ嬢はあまり社交界にも顔を出さず、箱入り娘として育てられたようだ。そういえば俺もあまり見たことがないと、その時初めて自覚した」


「そう、ね。あたしも会ったこと一度だけ」


 王様は頭をガシガシとかく。


「たまにいるんだ。厳格な父親は、娘を厳しく鍛える場合もあるが、溺愛して外に出さず、男もあまり寄せ付けず、箱入り娘にしてしまう例が」


 アターシャ嬢は後者だったというわけだ。


 うーん。

 貴族じゃない俺には分からない世界だ。


「じゃあ、じゃあ、セリシオが王国討つべしと言ったから、あの箱入り娘が騒いでるわけね?」


「いや、セリシオもそこまでは要求していないようだ。だが、自分を逮捕するのはやめてくれと言っているらしい」


「そんなことで出来るわけがないでしょう!」


 そうだ。

 奴は悪魔を召還した。

 それだけでも、この国では縛り首の重罪だ。


 さらに、王宮内で暴れ、極めつけは国王殺害を目論んだ。

 そんな奴を野放しにしていいわけがない。


「俺も本当なら強引に捕えるのだが、相手が公爵領に逃げ込んだとなるとな・・・」


「まったく、レキスターシャ公もレキスターシャ公よ。そんな馬鹿娘のいうことを聞こうとするなんて!」


「まあ、娘に甘いという点で、俺も人のことは言えないが」


「限度っていうものがあるでしょうが!!」


 まったくだ。

 それとアティ、お姫様なんだから言葉遣いに気をつけなさい!


 王様はコクリと頷く。


「その通りだ。無論、彼も戦争を望んでいるわけではない。何度も『あんな奴とは別れろ』と、言ったらしいんだが」


「アターシャはあいつが大罪人だと分かっているの?」


 コクリと王様は頷き、理解できんとばかりに首を横に振る。


「どうも、奴は無実を主張しているらしい。自分は巻き込まれただけだと。むしろ自分は被害者だというように説明しているようだ」


「そんなわけがないでしょう。何人もの人が見てるのよ。お父様本人が襲われたと言っているのに!」


「何者かが悪魔を召還し、皆混乱状態になっていたと言うんだ」


「・・・それを、あのお花畑アターシャは信じてるの?」


「信じているらしい。そして、自分だけがセリシオの理解者であると言い切っているのだとか」


 いや、そのお姫様アホだろう?


 そんな馬鹿げた理由が通るわけがないだろうに。


 え? あの野郎ってそんなにモテるの?

 確かに、顔はいいが。


 アティは「は~」と、嘆息する。


「そうか。あいつは確かに顔だけはいいからね。そしてアターシャは男にあまり耐性がない。そんな奴に甘い言葉を囁かれたら、その気になっちゃうのか・・・」


「恋は盲目とはよく言ったものだな。いや、まったく」


 王様は何故かアティを見た後に俺を見た。


 ん?

 その視線の意味はなんなのかしらん?


「あ、あたしはそんな見境なしじゃないわよ!」


 な、何!?

 アティは恋をしているのか!!


 だ、誰だそいつは。

 やはりこの城の中にいるのか?

 ちゃ、ちゃんとした人じゃないとお兄さん許しませんよ!


「まあ、それは信じているが、アターシャ嬢はそうではないようだ。昔から仕えている給仕の者や、親しい友人の言葉もまるで聞かん。公もお手上げの状態らしい。毎日のように、セリシオは無実だ。領の外でセリシオを捕まえようとしている兵士らを追い出せと攻め立てられているらしく、“娘大好きな”な公は、このままではいつ折れるかと、こっちもヒヤヒヤしているわけだ」


 それであんなに憔悴しているわけだ。


 王様が俺に視線を移す。


「レオダス。お前は女心などまるで分からん朴念仁だが」


 いや、そんなことはない筈、筈だ・・・。


「セリシオが関わってくるならば、お前にも出来ることがあるだろう。頼む。これは冒険者であるお前への正式な依頼だ。アターシャ嬢の目を覚まさせてやってくれ」

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