第8話死のしゅくはい

 賢者サイド


 何故こうなった!?


 アトスの決断で、我々は三日間、喪に付すことを余儀なくされた。


 なんと無駄な時間だろうか。


 死んでもいない人間の(まあ、本当に死んでいても嫌ですが)喪に付すなど。


 私はくだらないと唾棄し、落ち着いた酒場で酒を嗜んでいた。


 グイッとグラスを傾けて、一気に煽る。


 熱く焼く喉越しが、私の苛立ちを一時忘れさせてくれた。


 その時だ。


「おいおい。今酒は不味いんじゃねーのか賢者様よ」


 ぎょっとした。


 声をかけてきたのは誰であろう、アルトスだった。


「な、何故、あなたがここに?」


「お前の様子がおかしかったからな。後をつけた」


 なんという恥知らずでしょう。


 こういう無神経なところが嫌いなのです!


「・・・なんの用です?」


「随分と苛立っているようだな」


「あなたには関係ないでしょう」


 私が答えると、何がおかしいのかこの男は小さく笑う。


 苛立たしい。


 この私を笑うだけの知能が、この男にあるわけがない。


「いや、解るぜ。レオダスの為にこんな無駄な時間を消費している暇はねぇ。そう思ってるんだろう?」


 私はこの男の認識を改めた。


 剣を振れる猿から、人間に格上げしてやってもよいでしょう。


 この私の心の内を見抜くとは。


 ですが、ここで本心を言えば、アトスやクレアの心象を悪くするでしょうね。


「これは、そう。彼に捧げる酒ですよ」


「そんなグビグビと呑んでるのにか?」


 忌々しいですね。


 この男、一体何が目的なのです?


 こいつは不躾にも、断りもなく私の隣に座った。

 誰がその許可を与えましたか?

 殺しますよ?


「実はな、俺はレオダスの野郎が気に食わなかったんだよ」


「ほお?」


 初耳ですね。


 確かにここ最近衝突していましたか。

 私の様にうまく立ち回ればよいものを。

 所詮は猿か。


「あなたは彼の何処が気に入らなかったのです?」


「ポジションだな。被るんだよ、俺とあいつは」


 ふむ。

 確かに彼は戦士、レオダスは魔法剣士。

 役割は同じ前衛ですね。


「あいつがいなけゃーよー。俺はもっと活躍できたはずなんだ。そうすりゃーよー、クレアだって俺のことを」


 なんですこの男?


 クレアを狙っているのですか?

 身の程を知りなさい。

 彼女はいずれ私の物となるのですよ。

 まあ、最近は我が儘が過ぎますがね。

 調教が必要ですか。


「そこに来て、奴は死んでくれた!」


 なんとこの男、私の飲みかけの酒を飲んだ!


 こ、この猿が!! 


「うめぇ。こんなうめぇ酒は無いぜ」


「・・・そうですか」


「で、お前の本音を聞かせろよ?」


 幾分か真顔になり、アルトスは私に尋ねる。


 本音、ですか。


 誰がこの男に本音など。

 自分は本音を言ったからお前も、そう言うのですか? 馬鹿馬鹿しい。


 そもそも、私とお前では立っているステージが違うのですよ。


「私は彼の死を悼んでいますよ」


 アルトスは私の目をじっと見て、心内を探ろうとした。


 馬鹿め。

 猿に私の深淵が覗けるものか。


「まあいい。で? このくだらない三日が過ぎたらどうする?」


 アルトスはそう私に尋ねる。


 フッ、私の心を探るのを諦めましたか。


 私は猿の質問に対して、顎に手を当てながら答える。


「無論、ダンジョンに潜ります。世界平和が我々の使命」


「平和ね。俺にとってはどうでもいいことだ。俺はよ、ただ暴れたいのさ。気持ちよく敵をぶった斬る! それこそが俺の満足感よ」


 猿が猿なことを言っています。


 やはり、人への格上げはこの猿には過ぎた褒美でしたね。


「オヤジ! 俺にも酒を一杯だ」

「こちらも下さい」


 我々は酒を注文する。


 先程まで飲んでいた酒は、この猿に飲まれてしまいましたからね。


 それを飲もうとした時、アルトスがグラスを掲げた。


 何です?


 乾杯でもしようと言うのですか?


「レオダスの死に!」

「・・・世界の平和に」


 我々は意見の食い違う中、内心ではアルトスの乾杯に同意して(実際死んではいませんが)グラスを鳴らした。

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