第5話賢者サイド 狂い始めたシナリオ

 賢者サイド


「もう一度、もう一度聞かせてください」


 聖女クレアはそう言って私を問い詰めた。


 私は顔をしかめ、舌打ちしたい衝動を抑えながらも先程説明した言葉を繰り返す。


「レオダスは死にました。残念です」


「・・・そんな」


 クレアは震える手を口元に当てた。


 ふむ。


 何をそんなに動揺しているのでしょうか?


 まあ、この娘は感情豊かですからね。


 誰に対しても親身に接しては、その相手と同じように、喜び、悲しむ。


 そんなことを続けていては身が持たないでしょうに。


 ですが、彼女は聖女と呼ばれるだけあって優秀な回復術師です。


 レオダスと違ってこれからも有用な人材。


 なによりも、金髪で胸元辺りまである美しい髪と紺碧の瞳。

 豊かな胸。

 新雪の様に白い肌に、化粧もほとんどしていないのに、紅色でぷっくりとした唇がなんとも愛らしい。

 身長は158センチほどで小柄ですが、そこがまた庇護欲をそそる。


 彼女がいてくれるおかげで目の保養にもなりますし、この私に対する不躾な質問にも目を瞑りましょう。


「一体何で!?」


「突然モンスターに襲われたんです。空を飛ぶ相手でした。レオダスに巨大な火球を上からぶつけ、跡形もなく吹き飛ばした後、私と魔法の射ち合いになりまして、私が手傷を負わせたので慌てて逃げて行きましたよ」


「な、なんで私達を呼ばなかったんですか!?」


「声を落してください。貴方らしくもない」


「答えて!!」


 わずかに鼻白む。


 なんだ、この娘は何をそんなに怒っているんだ?


「言ったでしょう。突然襲われたんですよ。呼んでいる暇なんてありませんでした」


「うっぅ」


 彼女は再び顔に手を当てて泣き始めた。


 全く、女性というのは感情が先行して論理的に話が出来ないですね。


 ですが、クレアがこれほど取り乱すとは珍しい。


 私が怪我をした時も、実に冷静に対処したものを。


「ちょっといいかセリシオ」


「なんですかアルトス」


 もう遅いからか、彼は若干眠そうに口を開いた。


 戦士アルトス。

 黒髪で身長は190センチと大柄で、筋骨隆々コテコテの戦士。


 私はこの男が好きではない。


 レオダス程ではないが、その粗野な態度が鼻につく。


「大体お前らは何で町外れにいたんだ? 俺らは何にも聞いてねーぞ?」


「そのことですか」


 当然してくるであろう質問だ。


 無論、賢者である私はその回答を用意していた。


「実は彼はパーティーを抜けたがっていたのです」


「なんですって?」


 クレアは顔を上げた。


 対してアルトスは大きく頷く。


「なるほど。そういうことか」


「何がですかアルトスさん?」


 クレアがそう尋ねると、アルトスは何でもないというように肩をすくめた。


「気持ちは分かるだろう? あいつはここのところ伸び悩んでいた。ぶっちゃけて言うと、足手まといになっていたんだ」


「あ、足でまとい! 何を言っているのアルトスさん!」


 ほう。

 アルトスがここまで周りを見ているとは思いませんでしたね。

 馬鹿が筋肉をつけて歩いているだけの男と思っていたのですが。


 ですが、逆にクレアは何故解らないのでしょう?

 アルトスでも解るというのに・・・。


「前までのあいつなら、キッチリと俺が危なそうな時はフォローを入れてくれたもんだが、最近は間に合っていなかった。この間だって俺は傷を負ってしまったしな」


 我が意を得たりだ。


 私は大きく頷いた。


「そう。正にその話をしていました。彼は自分が足でまといだと自覚がありました。なので、勇者様補佐のこの私に相談を持ち掛けていたのです」


「レオダスがお前にぃ? なんで?」


「ですから私が勇者様補佐だからですよ」


「そんな役職は初めて聞いたがな。つーか、お前ら仲が悪かっただろ。なんでお前なんだ?」


 ・・・この男。


 驚いた。

 本当に意外な程よく見ている。


 ※実際はセリシオから見るアルトスの評価が著しく低いため、なんでもないことでも凄いと思えてしまう。


「確かに、彼とは仲が良かったとは言い難い。ですがそれは、このパーティーを、延いては世界を救う為にお互いの意見をぶつけ合っていただけ。憎んでいたわけではありません」


 本音を言えば世界なんて私にはどうでもいいことなんですけどね。

 ついでにレオダスは疎ましく思っていましたが。


 私は名声が集まればそれでいいのですが、ここは隠しておきましょうか。


「・・・ほーん。まあ納得しとくわ」


 そう言ってアルトスは下がった。


 よし、これでいい。


 後は・・・。


「そういうことです。よろしいでしょうか勇者様?」


「・・・分かった」


 私はそう言って、一人の少年に水を向けた。


 身長は153センチと低め。


 それも当然だろう。


 何といっても勇者アトスはまだ11歳の子供なのだから。


 まだ声変わりもしていないので声は高く、サラサラの銀の髪をそのまま下ろして、いい所の貴族そのままの少年だ。


 勇者は職業ではなく選ばれし者。


 その資質は聖剣を装備できるか否かにかかっている。


 彼は11歳ながら聖剣を扱える。


 加えて異常な幸運値の高さ。


 彼のステータスは軒並み100前後なのに、幸運だけは既に500を超えている。


 これの為か、絶対に勝てないような局面でも奇跡的に勝利をもたらすことが出来た。


 正に神から授けられた資質。


 何故自分がその勇者ではないのかと考えたこともありましたが、私がこのパーティーに入って、運命に感謝をしました。


 私は補佐という名で、勇者を傀儡とし、この人間世界を支配する。


 その為に賢者として生まれて来たのだと。

 そう、理解したのです。


 だというのに、レオダスは勇者に馴れ馴れしく近づき、何かと世話を焼いた。


 その場所は私のものだというのに。


 だからこその追放。


 あの男が伸び悩んでいるのはちょうどいい口実でした。


「さて、レオダスの件については以上です。では、次に攻略するダンジョンについての話を致しましょうか」


「・・・え?」


 クレアは何かが抜け落ちたかのような声を上げ、私を見た。


 なんです?


「な、なんでレオダスの死を連絡事項の一つのように言っているんですか! 死んだんですよレオダスが!!」


 少々うざったくなってきましたね。


 この娘も顔はいいのですが、もう少し理性的になってもらいたい。


 顔も良く知的な私とまでは言いませんがね。


「あなたは悲しくないんですか?」


 悲しい?


 はっ、レオダスは生きていますし、仮に死んだとしても、涙に使う水分が勿体ないというものです。


 ですが、ふむ。


 ここで私が冷徹と思われても、今後の行動に支障をきたすでしょうか?


「勿論悲しい。誰よりも私が悲しみに暮れていますよ。ですが、だからこそなのです。彼は平和を願っていた。ここで我々が停滞していてはそれが遠のくと心得なさい」


「そ、それは・・・」


 ふふ、彼女は平和を愛している。


 “平和”というワードが出れば、大人しくなるでしょう。


「では、話を続けさせて」


「駄目だ」


 そう言おうとしたら、意外にも待ったをかけられた。


 勇者アトスによって。


「は? 勇者様?」


「僕は悲しい。レオダスが、仲間が死んでとても悲しいよ」


「え、ええ。ですから今も話したように悲しいからこそ」


「僕はレオダスにとてもよくしてもらった」


 くっ、このガキ。


 一体何を言い出すつもりですか。


「その彼が死んだんだ。すぐには動けないよ」


「で、ですが」


「三日間。喪に服そうと思う」


「はぁ!?」


 思わず大きい声が出てしまった。


 私は口元を抑えるが、動揺までは抑えきれない。


 何を口走るんだこいつは。


「何を言っているんです? 三日? そんな時間は我々にはないのです」


「仲間を悼んで喪に付すことがいけないこと?」


「いや、ですから。その時間が惜しいと言っているんです」


 それだけ我が名声が高まるまでの時間が空いてしまう。


「勇者様」


 クレアは手を組んで何やら感動しているようだが、今はそんなことはどうでもいい。


 どうしてだ?


 どうしてこうなってしまったのです?

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