第60話 狐につままれる?


「デュバルディオ殿下」


 王宮本殿の方から、総レースの重そうなドレスで、一人の令嬢が姿を現した。


「ああ。フレイラ嬢。もうすぐ準備できるから、もう少し待って?」

「はい、お待ちしておりますわ」


 薄く頰を染めてうつむき加減に、フレイラが頭を下げる。


「え? なに? ちょっとデュー兄さま? シスというもの婚約打診中の想い人がありながら、エステルヴォム公爵令嬢と婚前旅行なの?」

「人聞きの悪い事言うな。例の、レースの輸出産業に関する外交政策だよ。エステルヴォム公爵領のレースをフレイラ嬢が、シスとミアの婦人会のレースを僕が担当して、売り込んでくるんだよ」

「ああ、そういうこと」


 急速に興味を失ったアルメルティアは、馬車に荷を積むフットマンの作業に目を留めた。


「この荷物の大半は、そのレースの見本と、試作のドレスだよ」

「え~、どんなのか見たかったな」

「今度、シスに見せてもらいなよ。これで全部じゃないんだから」

「それもそうね」



 ユーフェミアは、フレイラの結い上げた髪のてっぺんから重そうなくらい重ねられた総レースのドレスを通って宝石の粒を縫い付けられた絹の靴の爪先まで舐めるようにつぶさに観察していた。


 コテを使ったのか綺麗に巻いた髪も、煌めく蝶を象った髪飾りやイヤリングも、やや青みを帯びたヘーゼルの目も、日光に当たったことがないのかと思うような白さの白磁の肌に薔薇色の頰と唇も、なんだか胸の奥にモヤモヤとしたものを感じる。

 その中でも一番気に入らないのが、頰を薔薇色に染めて目を伏しながらも盗み見るようにデュバルディオを見る、フレイラの眼だ。


 公爵令嬢のクセに、お兄さまに色目を使ってるんじゃないわよ。


「え?」

「そう思わない? お姉さま」


 フレイラのちらちらとデュバルディオを盗み見るフレイラを詰る、アルメルティアの台詞だった。


(驚いた。自分が無意識に声に出してしまったのかと思ったわ)


「メルティ。そういう言い方はよくないわ。ディオだって素敵な王子様なのだし、外交に意欲的で有能だもの、エステルヴォム公爵令嬢だって、憧れの眼差しで見る事はあると思うわ」

「だって、こないだの園遊会やその前の王族茶話会では、アレクお兄さまにあんな目をしてお話ししてたのよ?」

「王太子殿下だって、とても素敵なお方だわ。当然でしょう? わたくしは、幼少の頃からディオ達と親しくしていただいてるから、今更ぽーっとしたりしないけれど、一般的な令嬢──エステルヴォム公爵令嬢のように社交デビューもされずに深窓の令嬢として慈しまれた方は特に、緊張したり憧れの眼差しで見たりするものよ」

「シスはそうなのかもしれないけど。妹としては、やっぱりお兄さまをあんな眼で見られたらモヤモヤしちゃうもの」


 システィアーナの言葉には同意するし、アルメルティアの言い分も理解できる。先日の茶話会や園遊会で、公爵に言われてなのだろうけれどアレクお兄さまにドレスや特技をアピールして、王太子妃に意欲的な様子だったのに、今度はデュバルディオ兄さま?と思ってしまうのは、仕方ないと思う。


 でも、自分は大人だから、口には出さないわ。


 ユーフェミアは、妹と親友の会話には無関係を装った。


「お姉さま、なに他人のフリしていらっしゃるの? しっかり見たわよ。フレイラ嬢を小姑の眼で睨んでたでしょ」


 脇を小突かれて、内心焦るユーフェミア。


「メルティ。そう言うのは、知らない振りしておくものよ。まして、指摘しちゃダメよ」


 苦笑するシスティアーナに、却って羞恥心が募ったユーフェミアは、異国へ出立する三兄に

「道中お気をつけて。精々、狐につままれないように身を引き締めていらしてね?」

と、嫌味で挨拶を送って、見送らずに城内へ入っていった。


「ミア? そう言う時は、気を引き締めて、ではないの? 狐につままれるって、何? 誰かに騙されるって事? 外商交渉に問題が起きないよう心配しているの?」

「シス。いいのよ、今回は。引き締めるのは身で。狐は身近なところにもいるものなのよ」

「え? え?」

「ミア、僕に信頼がないのかな⋯⋯ 酷いなぁ。そんな事ある訳ないのに」


 苦笑するデュバルディオと、首を傾げて考えるシスティアーナに、アルメルティアが元気よく背中を叩く。


「ま、気にしないで。デュー兄さまはいろんな意味で、気をつけて行ってらっしゃい!! シス。お忙しいお兄さまの邪魔になるわ、私達も行きましょう」


 促されて、デュバルディオに頭を下げ、すれ違いざまにフレイラに会釈して、システィアーナもユーフェミアの後を追った。




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