誰の手を取ればいいの

第1話 先触れ

 園遊会の後、ごく身内だけで晩餐まで共に過ごしてから両親と帰宅すると、ソニアリーナはすでに就寝の時間だった。


(明後日の水晶の日はお休みをいただいてるから、リーナと刺繍でもして過ごそうかしら)


 ふと『水晶の日』に、何か引っかかるものがあったが思い出せなかったので、思い出せない程度の些事だろうと、思い出すまで気にしなくてもいい事とした。


 以前は、ユーフェミアの勉学や礼儀作法、ダンスのレッスンなどに付き合うために、週に5日ほど通うだけだったのが、今では、公務や共同での開発事業や支援活動などで、ほぼ毎日登城している。

 慰謝料として割譲された公爵領の管理も更に増えたので、ほぼ休みなしに近いのだ。


 貴族階級での行事に参加すると両親に加えシスティアーナまで留守にするので、まだ10歳のリーナは寂しがるだろうと思っている。


 淑女教育や手習い教養学、来年入る予定の淑女教養フィニッシング学校スクールの予備学習など、やることは多く、リーナにも寂しがる時間は少ないのだが、それとこれとは違うとも思っている。



 月光の日も紅柘榴の日も、特に問題もなく、翌々日の花樹の日にローゼンシュタットの大使館へ訪問する事が決まり、マリアンナの問題も終わりそうだとほっとした翌日。


「リーナ。今日は一緒に刺繍をしましょうか?」

「はい、お姉さま。一緒に手習いをするのも久し振りですね」


 嬉しそうに道具を出して、小踊り状態でサンルームへ向かうソニアリーナ。


 母エルティーネも参加して、春をテーマに針を刺す。


 穏やかで満たされた日になるはずだった。



「姫さま。おくつろぎのところ申し訳ありません、王宮から使者がみえてます」

「え? どなたからかしら?」


 ロイエルドは既に登城し朝議に出ている。

 母と興味本位のリーナが付き添って、エントランスホールに出る。


「薄紅の姫君にはご機嫌麗しう」


 慇懃に頭を下げるのは、近衛騎士のひとりで、若手の青年だった。

 上位貴族の出らしい洗練された所作と金髪にヘーゼルの瞳は、侯爵家を訪ねるのに適した礼儀作法を身につけていた。


 見たことのある青年だ。どこで?


 少し口上を聴きながら考えていて、思い当たる。


「我があるじがお迎えに上がりますので、身仕度をお願い致します」


 あまり見覚えがないはずだ。近衛騎士でも、クリスティーナ妃やデュバルディオに伴って諸国へ護衛官として出ている事が殆どだから。


 デュバルディオが、約束通り街遊びに行くため、迎えに来るという先触れであった。




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