第33話 広告塔になれと?

 システィアーナの後ろから、女官が早春に相応しいクリーム色の総レースのドレスを抱えて進み出た。


「マリアンナ殿下。そのままではお風邪を召されてしまいますわ。こちらは、わたくしとユーフェミア殿下と共同で支援している工房のボビンレースと、婦人会のクンストレースを使ったドレスの試作品ですの」


 マリアンナの目が見開かれ、輝きを増す。

 本当にレースが好きなようだ。


「暦の上では早春──春とは言え、風は冷たい。熱い茶を用意させるから、着替えて来るといい」


 それだけ言うと、エスタヴィオは予定の招待客への挨拶廻りに戻っていった。


「あ⋯⋯の、これ」

「濡れたドレスを着ていては、本当にお風邪を召されてしまいますわ。気になさらないでくださいな。お国に帰って、お茶会や夜会に着て参加して、コンスタンティノーヴェルにはこんなレースを使ったドレスを作る技術があるんですよって、広告塔になってくださるなら、そのままお持ち帰ってくださって構いませんわ」


 茶に濡れた詫びに兼ねて、ちゃっかり自分達の製品を売り込むシスティアーナ。


 決心がつかない様子だったが、ユーンフェルトに背を押されて、ドレスのレースに触れる。


「マリアンナ殿下の華やかな美貌と御髪は、目を引きますしとてもよい広告塔になってくださると思いますの。試着モデルを引き受けてくださるなら、色とデザインを変えてもう数着、差し上げますわ」


 これには本当に驚いた。


 こんなにふんだんにレースを使ったドレスを無償で提供する? 試着モデル・広告塔として主立った場所に着て出向き売り込むことさえ行うなら、更に数着?


 マリアンナには正確な金銭勘定は出来ないが、このドレス一着で、平民は1年働かずとも贅沢をしなければ食べていける金額と同じくらいはすると思われた。それくらい、ドレスの重みはレースの重みと言えるほど、使用量が多い。

 正に、『総レース』のドレスである。


「ぜひ、着心地をお聞かせくださいな?」


 そこまで言われて、拒否は出来なかった。


 大好きな、緻密で華やかなレース。

 自分の個人的な感情で恥をかかせたにも拘わらず、国王に嘘を曝かれた愚か者であり、今までも迷惑でしかなかった自分に対し、それまでと態度を変えることなく接してくれる度量。

 侯爵令嬢と名乗りながら、王家の血筋でもあった、自分をマリアンナ 華やかな美貌と褒めながらも、自身も凛とした佇まいの、美しさを押し出さない控え目な態度の、珍しい薄紅の髪の姫君。


 完敗である。


 王家の血筋であれば、あの麗しのアレクサンドル王太子殿下とは結ばれないのだろうか?


 そんな僅かな期待を寄せるくらいは許して欲しい。




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