第32話 再度交渉の場を

 屈辱に震えるマリアンナ。の横に、今までどこに居たのか、ユーンフェルトが寄り添い、肩を抱いて支える。


「明日にでも、帰るな?」


 囁くように、しかし有無を言わせない力強さを持ったひと言に、迷いながらも頷くマリアンナ。


 使節団としての公務は、(他の大使達の尽力で既に)終わっているのだ。帰国する事に問題はない。が。


「でもお兄さま。エステルヴォム公爵令嬢フレイラ嬢と、ローゼンシュタットの大使様と、ボビンレースやクンストレースの商談を始めるところだったの。せめて、それだけはちゃんと最後までやりたいわ」

「わかった。そうだね、何かひとつくらいは特使としての実績も必要だしね。いいよ。僕は見てるだけだ。ちゃんと自分で交渉してごらん」


 緊張した顔で、テーブル席に向き直り、先程ロイエルドに、王族が簡単に頭を下げるなと言われたにも拘わらず、深々と頭を下げる。


「私の子供じみた行いから、せっかくの茶の席を不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ですが、これより心を入れ替えて誠意を尽くしますので、どうか交渉に値するか今一度、ご精査願えませんでしょうか」


 顔は真っ赤で、スカートの前を押さえる両手は震えている。


 フレイラは困惑していたが、ローゼンシュタットの大使は、厳しい目を緩め、柔らかく、子供に諭すように答えた。


「王女がレースをお好きなのは先程の会話からよく解りました。国と国との代表として商談を重ねるにはまだまだ稚拙な少女でしかないと言うことも覗えました」


 震えていた手が、拳を握り込んで力を込められる。ドレスに皺がよるほどの力で。


「ですが、誰でも最初と言うものはあります。今までの王女殿下では残念ながら交渉の余地はなかったかと思われますが、兄君もお側にいらっしゃる事ですし、話を聴くだけは致しましょう」

「おや、僕は見てるだけだよ。口は出さないからね」

「勿論ですとも。例え、結果契約の締結に至らなかったとしても、某か なにがし の経験にはなるでしょう。それに、兄君がお側にいらっしゃれば、愚かな暴走はなさらないでしょうし」


 愚かな暴走。

 マリアンナがシスティアーナに仕掛けた茶や貶める発言を繰り返す行為を、悪感情から来た嘘と言い掛かりで塗られた愚かな行動であると見抜いているのだ。

 それは当然であろう。大使として、システィアーナとも面識も交流もあるだろうからどちらが偽りを述べているか、明白である。

 また、今後も、同じ役目を持つ近い年齢の女性として、どうしても比べられるだろう。


 それでも、ここで国に逃げ帰っては、この園遊会に出席している貴族や各国の大使などから話は拡がり、今後マリアンナを外交要員として迎え入れる国はなくなるに違いない。

 それは、マリアンナの勝手を好きにさせているとして、リングバルドの醜聞にもなるのだ。 


「ただ、今はエスタヴィオ国王の招待でゆっくりとお茶をいただく場です。国同士の貿易に関する仕事の話は、日を改めて、こちらの令嬢の都合も聞いてからにしましょう」




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