第29話 納得いくまで
過去にないみっともない踊りを見せてしまった事を悔やんで早三日。
システィアーナは、自宅のドレッシングルームの鏡張りの壁に向かって、1人で練習していた。
「システィアーナ。せっかくの自由日なのに、朝からずっと踊りの練習で、疲れないかい?」
午後のお茶に顔を出さないのを訝しんで確認に来たロイエルドに呆れられても尚、自分のダンスに納得がいかなかった。
「確かに、疲れましたわ」
「そんなに練習する事なんて、社交デビューしてからはなかったんじゃないのかな?」
ロイエルドの言葉に苦笑いで答える。侍女から汗を拭うための固く絞った濡れ手巾を受けとると、汗を拭い水分補給をしてから、ロイエルドに促されて部屋を出る。
「お茶の前に、着替えてきますわ」
「システィアーナ? 何をそんなに必死になっているんだい?」
「必死になっている訳では⋯⋯」
本当にそうだろうか?
先日、アレクサンドルと踊っても自分でも納得のいかないもので、シルベスターの時ほど楽しめなかったのを反省して、朝からつめて練習をしているのだ。それは必死にというものではないのだろうか?
「先日、王家の方々とダンスの練習をしたのですが⋯⋯」
「ああ、聞いているよ。定期的に行う事を検討しているそうだね?」
王家の面々のスケジュールに関わる話なので、宰相であるロイエルドにも話はいっているのだろう。
「エル
次までには間違ったり慌てて直そうとしてより酷くなったりしないように、練習を重ねておかなくてはと思いましたの」
「アレクサンドル殿下と? でも、シルヴェスターでも最初と最後のお相手をちゃんと務めていたじゃないか。余裕もあるように見えたが?」
「そうなんですけれど、こないだは、なぜかうまくいきませんでしたの。アレクサンドル殿下は何も仰らなかったけれど、足を踏まなかっただけましと言う、酷いものでしたの」
「お前が、ダンスを失敗するとは珍しいね?」
そう言うと、ロイエルドはシスティアーナの背を押してドレッシングルームへ戻り、手と腰を取った。
「その日は何を踊ったんだい?」
ステップの訓練も兼ねていたので、基礎に忠実な、初心者でも踊れる定番曲だった。
片付けを始めていた従僕は、慌てて蓄音機のハンドルを握る。
ハンドルを回すと録音円盤シートが回転を始め、システィアーナが繰り返し練習していた定番曲が流れ出す。
ロイエルドにリードされて一曲踊り終える。
「なんだ、普通じゃないか。どこもおかしくないよ」
「それが、あの日はどうしてもだめだったんです。恥ずかしくて、次に会った時はちゃんと踊りたくて、練習をしてましたの」
頰を染めて視線を反らす愛娘を、温かい目で見つめると、ロイエルドは「そうか。次はちゃんと踊れるといいな」と、もう子供とは言えない年齢のシスティアーナの頭を撫で、「先に行ってるよ」午後のお茶のため皆が待つサンルームへ去って行った。
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蓄音機とは、本来の語源は録音機であり、フォノグラフという音を記録するものを言いますが、ここでは、昔からの日本流に、蝋管式蓄音機やレコードプレーヤー的な物のことを指すと思ってください。
手回しでレコード盤を回して、針で溝に記録された音を振動再生、拡声器から流すアレです。
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