第28話 あの時と今、何が違うの?

 それまで一度も思い出さなかった子供の頃の発言でも、ひとたび話題に出されたら気になるものである。


 当時はまだ王太子ではなく、王太子の第一子でしかなかったが、練習相手として用意された公爵家の子息達やエルネストよりも『本物の王子様』であるアレクサンドルと踊りたがった小さい自分。


 幼い頃の話が思い出されて恥ずかしいし、普段身近に話さない相手だからヘンに意識するのか、充分休憩はとったはずなのに動悸が治まらない。


 憧れの『王子様とのダンス• • • • • • • •』なのに、夢見心地でふわふわと踊る──なんて事にはならなかった。



「ティアは、姿勢もいいし基礎が綺麗に身についているから、アドリブを入れてもすぐについてきてくれるし、踊ってて気持ちがいいね」


「ありがとうございます」


 年末のシルヴェスターでもファーストダンスを多くの貴族が見守る中踊ったし、その後の年が明けてのラストダンスも踊ったはずなのに、緊張してうまく踊れない。


 システィアーナは頰が熱くなるのを感じ、ステップを間違えそうで下ばかり見ているみっともない自分を叱りつけたかった。


 ほんの半月ほど前の事なのに⋯⋯!



「あらあら、どうしちゃったのかしら、シスったら。お兄さまとシルヴェスターで踊ったはずなのに、真っ赤になって裾捌きもイマイチよ。らしくないわね」


 エルネストのパートナーをアナファリテから代わってもらったユーフェミアが、クスクス笑いながら、システィアーナへの視線からエルネストへと移動させてちらと見る。


 王女と踊ることに緊張はなかったが、アレクサンドルと踊るシスティアーナの様子に、心ここにあらずといったエルネスト。


「エルネスト?」


 ユーフェミアに呼ばれて、礼を失していたことに気がついて、向き直る。


「あ、ああ、そうだね。らしくないかな。

 ⋯⋯でも、さすがに僕達と踊るのとは違うんじゃないかな。王太子殿下と踊るというのは」


「そうかしら? お兄さまだって、普通の男の人よ。ダンスの名手として名が高い訳でもないし、私達を気分でどうこうしようって乱暴な権力者でもなくてよ。お父さまみたいに国や議会のトップでもないし、お祖父さまみたいに序列の最高位って訳でもないわ。まだね」


 いずれ王位を継ぎ、国内序列のトップに立つことになる可能性が最も高い人物ではあるが、今はそれだけだ。


 ダンスにこだわりがあって口うるさい訳でもなく、うまく踊れなかったからといって怒ったりペナルティを課してくる訳でもない。


「でも、まあ、フレック兄さまやデュー兄さまに比べたら、お父さまの補佐をなさる時も代行をなさる事もあるし『王太子』は、他の王子とは違うのかしらね」


「それはそうだよ。僕達男でもそうなんだ、システィアーナからしたら緊張もするんじゃないかな」


「ふふふ『憧れの王子様』ってやつね」


 ユーフェミアが言ったのは、『憧れの』王子様個人を差す言葉ではなく、『憧れの王子様』という女子一般の理想論のトップに君臨する肩書きのことである。


 が、それをエルネストがどう受けとるかは、どちらでもよかった。


 この言葉で揺さぶりをかけて、エルネストが焦りを感じて、自ら動きシスティアーナを射止めるもよし、システィアーナを諦め自分の伴侶におさまるもよし。


 だが、どちらかと言えば、自分の支えになってくれればとも思っていた。




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