第20話 ディオに弄られるエルネスト

 秘書や文官達は元より従僕や侍女まで下げてしまったので、各自で茶を用意してソファに身を沈め、ゆっくりと息を吐き出した。


「さて、何をどこまで聞いたのかな?」

「初夏からの兵役は、今のまま何も変わらないと⋯⋯ そのような勝手が許されるのでしょうか?」


「何もではないかな? フレック兄さんの護衛官──近衛騎士のアスヴェルのただの従者だったのが、正式に従騎士スクワイアとなって、僅かながら給料が発生するようになるよ。今はただの見習で従者だから無給でしょ?」


「一応、兵役って建前だから⋯⋯」


 デュバルディオはエルネストと同じ年で、生まれたのはエルネストが先なのに、すでに外務官僚として国外でも活躍するせいか、身分の差か性質か、いつも兄のような応対をする。


 フレックの方が同年代のような気軽で対等なフランクさであった。


「その代わり、三年もやるじゃないか」

「別にいいんじゃない? 騎士や兵士に向かない、勝手都合だとか贔屓だとかうるさい人は居るだろうし、確かに討伐軍や国境警備に充てられたらそれなりの身の危険はあるかもしれないけど。だったら、代わりに王宮の伏魔殿で命の危険も貞操の危険も今居る地位の危険も、ひっくるめて対応してみればいいよ」

「なんか、一つ変なの混じってなかった?」


 命の危険と地位の危険の間に、エルネストには思いも寄らない例えが入っていたような?


「エルネストはさ、シス一筋で周り見てなかったから気づかなかったかもしれないけどさー」

「うーん、僕も早いうちにアナと婚約したからなぁ」


 兄弟は苦笑いをエルネストによこした。


「息苦しい跡継ぎじゃなく、公爵家の次男で、王家にも縁の深い好青年ってだけでもアレなのに、シス一筋で浮気の心配もなく、おまけに真面目で素直、王家傍系だけにたんに整ったというだけではないノーブル感あふれる美形。さらさらの黄金色の髪に、この国では数えるほどしかいない、ペリドットの瞳」

「加えて、騎士科でもないのに、近衛騎士から一本取れる剣の腕前に巧みな馬術。

 週末の公開訓練を見学に行くご令嬢の多くは、エルが目当てなんだよ?」


「堅苦しい作法に固まった公爵家に嫁げなくてもいいから、ただお前と恋のゲームをしてみたいとか、なんなら婿に欲しいとか、社交オフシーズンの一夏の恋のお相手に側に置きたいとか⋯⋯」

「まあ、王家に縁の深い騎士の妻になれれば儲けもの、愛人や一度きりでもいいとかもね」

「或いは、フレック兄さんの失脚を狙ってエルネストにハニートラップ仕掛けてもてあそんでみたり? まあ、実はそんなのがたくさんいる訳。気づかないだけで」

「もし、そんなのにひっかかったら、責任を取れって結婚させられたり、夫ある女性をけしかけてスキャンダル起こさせて、僕の権威を弱めたいとかって事もあるんだよ」


 思いも寄らない話に、エスタヴィオの話とはまったく別の意味で気が遠くなりそうだった。




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