第19話 やや困惑気味のエルネスト

 エスタヴィオの私的居間を辞し、フレックの執務室に向かう廊下で、エルネストの頭の中は、先程の話でいっぱいであった。


 初夏からの兵役には騎士や兵士としての経験を積む事と実地訓練の意味合いもあるので、オルギュストのように国境警備や山岳地方の盗賊団討伐などをするものと思っていた。

 それが、フレックの補佐を続けながら、近衛騎士の従騎士スクワイアを三年間する事になっていた。


 少なくとも、討伐軍や国境警備に比べれば危険は少なく、今と生活はそう大きくは変わらないだろう。何より、王都から離れなくて済む。


 また、自分は兄のスペアとして領地や王都から離れずに騎士になるかどこかの婿になり、一般的な貴族の次男としての暮らしをしていくものと思っていた。

 それがシスティアーナであれば最高であるが、王命による婚約者が居たため望めないでいたし、なんなら戒律に縛られる教会や王宮ではなくどこかの私設騎士を務めながら兄の補佐に徹して、未婚を貫くつもりでもいた。


 それが、複数の高位貴族の婿に望まれている?

 しかもそのうち二件は王家?


 更に心を乱すのは──


 システィアーナが望めば、侯爵家に婿に入ってもいい?

 兵役期間中にシスティアーナに寄り添えるようアピールするのは構わない?(ただし求婚したり愛を乞うのは禁止らしい)

 あくまでも、システィアーナに自発的に望まれた場合のみ許される。



 ──これは、天の救いの手か妖精が囁く罠なのか



 考え込むあまり、扉の前で待ってくれているフレックにも気づかず、執務室を通り過ぎる。


「エル?」


 愛を乞わずにアピールするとは、どうすればいいのか⋯⋯


 なるべく傍にいて、困った時に助けてやる?

 王女や王子、優秀な秘書官やシスティアーナ本人が優秀なのに、困るような時は、自分でも手を貸してやれるだろうか?


「エルネスト?」


 しかしまさか、陛下は王女の伴侶にしてもいいと思うほど、自分のことを買ってくれていたのか⋯⋯ 


「エルネスト。何処まで行くんだ?」

「は?」


 フレックの執務室を通り過ぎ、秘書や補佐官の業務用続き部屋の扉も過ぎ、護衛騎士の詰め所も過ぎ。

 無人な事も多いデュバルディオの執務室の前で、後ろ手に組んで立っているディオに当たりそうになって立ち止まると、背後からフレックに肩を引かれて、気がついた。


「何をそんなに考え込んでいるのだい?」


 心配してくれるフレックに、話してもいいのだろうか?


 エスタヴィオは口止めをしなかった。


 だが、誰かとその事について話している時に、システィアーナ本人や聞いてはいけない人が聞いてしまったら?


「いや、その、陛下に呼ばれて聞かされた話がどうもね⋯⋯」


「ああ⋯⋯その事かい。そりゃ気になるよね」


 フレックはディオに目配せをすると、ディオの部屋にエルネストの肩を組んで押し込むように入る。扉の両側に経つ護衛騎士に、「こちらから声をかけるまで、誰も入れるな。例外は、陛下と宰相のみだ。王妃や外務省の人間だとしても通すな」とだけいい置き、ディオも中へ入る。


 中に入ると、お茶を用意しようとしていた侍女や書類整理をしていた文官を下がらせる。


 これだけの反応をするという事は、フレックやディオは、知っていると見て良さそうだ。


 エルネストは、相談してみることにした。




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