第9話 久し振りの思いっきり踊れたダンス

「で、でも、あの、えっと、アレクサンドル殿下は」

「人前で普通に話すんじゃない時は、「殿下」は要らないとさっき言ったよね?」


 にっこり笑って遮られる。


「アレクサンドルさまは、殆ど夜会に出ても踊られないのに、綺麗に踊られるのですね」

「ああ、今回はユーフェミアのお復習さらいにかなり付き合ったからね。僕も久し振りにいい訓練になったよ。それに、外交で行った先の王族や、訪問中の異国の王女などとは、踊っていたよ。一曲だけだけどね」


 同じテーブルについて話し合える相手という事を示すために、晩餐を共にし、ダンスを踊る。場合によっては、ダンス中にも、他人に聞かれない小さな駆け引きを行うこともある。


「たまに、どうにも踊りが下手な転びそうになる女性ひとや、酔ったのか疲れたのか具合を悪くして縋り付いてくる人もいて、踊るのは気持ち的に苦手なんだよ」


 それは、本当に転んでいるのか?

 踊れなくなるほど酒を飲む令嬢?

 具合が悪いからとダンス中に縋り付く必要が?


 システィアーナの頭の中には、目薬でも入れたかのように潤んだ瞳をアレクサンドルに向け、眩暈めまいだとか疲れたとかそれらしい理由をつけて、アレクサンドルに縋り付く令嬢達の姿が想像された。


 外交ではない駆け引きヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽを試みているのだろうと想像はつくが、アレクサンドルが言葉通りに、体調のせいだと思っているのか解っていて知らぬ顔をしているのかは判らなかった。



「久し振りに、気楽にダンスを楽しめたよ、ありがとう」

「わたくしの方こそ、ダンスは久し振りで、楽しかったです。やはり、殿下はお上手ですわ」


 オルギュストのエスコートがなくなって数年。パートナーがいなくてファーストダンスを踊る事が出来ないシスティアーナは、夜会に出てもいつも他の令嬢達と喋るばかりで、たまに父ロイエルドかまた従兄いとこのエルネストと一曲踊るくらいだった。


「王太子ともなれば、公式行事ではファーストダンスを踊らねばならない時もある。今のようにね。

 陛下や僕が踊らないと他の人々が踊れない。そして、陛下と僕のダンスは皆に見られるんだ。

 レッスンルームの壁一面が鏡なのを知っているだろう? どの角度から見られても綺麗に踊っていると思ってもらわなくてはならないからね。子供の頃からシャドウダンスは必死だったよ」


 国内行事では、たいていはファーストダンスをユーフェミアと一曲踊るだけだった。


 ホールを見ると、フレック夫妻やデュバルディオとユーフェミア兄妹が、他の公爵家のカップルに混ざって踊っていた。


「ユーヴェやエルネストとも踊るかい?」


 アレクサンドルの質問に、首を横に振る。


 いつもなら踊るだろうが、シルヴェスターは年越しの後も深夜まで続くので、ふたりと踊った後も時間はたっぷりとあり、他の公爵や侯爵家の子息達に誘われれば、侯爵令嬢としては断ると角が立つので踊らなくてはならなくなる。


 婚約者が決まっていないので、見合いの如く次々に踊らねばならなくなるのは避けたかったし、何より、久し振りに満足のいくダンスを踊れた心地よい疲れと爽快感の余韻に浸りたかった。


「僕のダンスがよかったのなら、たまにならレッスンルームでお相手を務めさせてもらうよ。ダンスはスポーツ競技にもなるほど身体を動かすものだから、いい運動にもなるしね」

「よろしいのですか?」

「それ。いちいち、いいのかと訊き返すのは禁止。社交辞令で心にもないことを言う人はいるけれど、血族僕たちの間でそれはあり得ないだろう? いいから訊いているんだよ。いや、僕も楽しかったし、一曲だけで終わるのは少し残念だと思ったから、また共に踊りたいと誘っているんだよ。だから、ティアの答えは、ただ一つ『はい』だけでいいんだ」




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