第7話 頼れるか頼れないか
アレクサンドルの肘に手を置き、ぎこちない歩き方で絨毯の廊下を進むシスティアーナ。
会場壇上裏に到着した時は、すでに公爵家の読み上げ登場が始まっていた。
家名と爵位を文官が読み上げ、紹介を受けた夫人はパートナーと共に会釈すると中二階の踊り場からゆっくりとホールへ降りていく。
先に入場していた人々が拍手で迎える。
「ふふ。ティア、緊張しているの? らしくないね、いつもの凛とした『薄紅の姫君』はどこへ行ったんだい?」
触れそうなほど身を寄せて耳元で囁かれると、益々緊張感が高まり、頰に熱が昇る。
元々、薄紅の姫君と呼ばれるシスティアーナは、オルギュストに好かれる努力を諦め可愛らしい格好や仕草をやめ、高位貴族の娘として背筋を伸ばしてまわりの誰にも見下されたり嘗められないように気を張っていただけで、本当に凛とした人間になれていた訳じゃない。本当の自分は、自分の意見を述べる事も躊躇う小さき者なのに。そういい訳したかったが、その声すら出せなかった。
力が入らなくなる身体を叱咤して力む僅かな震えは、アレクサンドルに伝わっているかもしれない。
「大丈夫。わたしが⋯⋯僕がいるよ。転びそうになっても支えてあげるし、言葉に詰まっても話題を振って繋げてあげられるから、一人で頑張ろうとしないで。
⋯⋯君は、変わってないね」
この期に及んでまだ、過去の話を持ち出してくるのか。
今期の社交シーズンは、オルギュストに婚約破棄をされて以来、帰りたくなる事ばかりだ。
「僕では頼りないかな?」
「まさか、そのようなことは⋯⋯」
「僕の社交能力を認めてくれているかどうかではなくて、ティアが頼れない相手だということだろう?」
それはそうかもしれない。信頼しているかどうかではなく、頼れるか、頼りたいかと言われれば、頼れない。
「エルネストにも僕は負けるんだね」
確かにこういう場所では、父かエルネストなら、素直に手を取れるし、傍にいてくれるだけで、不安は消える。
(否定もしないんだな)
頼ってくれないのは、傍にいることが慣れないからなのか信頼がないのか、彼女自身が頼ることに慣れていないからか、自分が王太子だからか。
そのどれも当てはまるようにも思えたし、多少関係性が遠くても同じ先祖を持つ親戚で、子供の頃は妹と共に可愛がっていた少女なのに、王太子だからというだけで線を引かれるのは寂しい気がした。
ただの王子の頃は元より、立太子してからは尚のこと、まわりは自分との間に微妙な距離を置く。身分上仕方のない事と割り切っていても、やはり、寂しいものなのだ。
公爵家の子息達は、みな遠くても近くても王族で、彼らならそれなりに友人関係を築けると思っていた。しかし、軽口をたたき合うほど親しく付き合えるのはユーヴェルフィオくらいのもので、むしろ、表面上は親しげにしていても、気は許していない事は疑いようもない事実であった。
(そういえば、あの
オルギュストのやらかしからしばらく出仕を控え、領内で書類仕事をしては完成した分を持って登城するという面倒な働き方をしているようだったが、新年よりはまともに働くように言いつけねば。
ふたりがそんなことを考えていると、ユーフェミアとデュバルディオ、フレック夫妻もフロアへ出て、自分達の名が呼ばれた。
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