第6話 花に寄り添う男性達は

 システィアーナの淡い金髪は僅かに薄紅がかって艶めいていて、女王の白薔薇がよく合っていた。

 固い蕾の頃は薄紅色の球状なのに、カップ咲きに開きだしたら清らかな白い花びらは、正にシスティアーナの色だった。


「わたくしのために、また、王家の白薔薇を切ったのですか?」

「似合ってるからいいわよ。一応、お父さまには許可はいただいたわ」


 クローゼットルームを出ると、ロイエルドが立っていた。


「シス。いつになく綺麗だね。女王の白薔薇クイーンブランカもよく似合っているよ」


 今年は、パートナーがいない。

 一般的な夜会はともかく、王家主催の舞踏会や祝宴にはさすがに、オルギュストが最初だけエスコートしていたが、今年はそれもない。

 婚約者のいない令嬢は、兄や父に頼むものだが、兄弟はいないしロイエルドにはエルティーネがいる。

 これまでも、オルギュストのサボった夜会では、ロイエルドの都合がつかない時はエルネストに頼み、たいていはロイエルドの左右に分かれてエルティーネと両手に花状態をしていたが、さすがに王家の祝宴で出来るはずもなく。


(エル従兄にいさまやユーヴェ従兄にいさまにお頼みすればよかったわ)


 勿論頼めば断らなかったであろうが、新たな婚約者が決まるまでは頼みにくかったし、婚約者がいればそもそも頼む必要がない。


 ロイエルドがエルティーネを伴って「先に行っているよ」と立ち去る。

 宰相で侯爵のロイエルドが遅刻をする訳にもいかない。

 昼間の慰霊祭では王家から先に行動していたが、夜会や祝宴では、順位の低い者から名を呼ばれ入場していく。王家は最後だ。


 隣のドレッシングルームから、アナファリテ王子妃をエスコートするフレックが出て来た。互いに挨拶を交わして、本来なら序列が下のシスティアーナが先であろうのに、二人は先に行ってしまった。


「私も婚約者がいないし、お兄さまにお願いしたの」


 聖シルウェルヌス降誕祭の直前に帰国したデュバルディオがドレッシングルーム前の廊下に設置されたソファで待っていて、ユーフェミアの手を取ると、にっこり微笑んで、


「シスの華やかな明るい色合いのドレス姿を見るのは久し振りだな。これからは、そういうドレスにするといいよ」


そのままユーフェミアを伴って会場へ向かった。


「やれやれ。あぶれもの同士と言うと失礼だけれど、お互い婚約者のいない者同士、わたしの手で我慢してくれないかな?」


 ロイエルドやデュバルディオに気を取られて気づかなかったが、反対側のソファに座っていたらしいアレクサンドルがすっと立ち上がり、綺麗な姿勢でお辞儀をして、システィアーナに肘を差し出した。


 一家臣であり、縁戚関係ながら侯爵令嬢のシスティアーナに、王太子の誘いを断るという選択肢は用意されていない。


「喜んでお受けいたしますわ、王太子殿下」


 カーテシーの後、白い絹の長手袋の手をそっと、アレクサンドルの肘に乗せた。


「つれないね。仮ではあってもパートナーなら、今だけでも名前で呼んでくれないかな? ティア」


 成人前は太陽の微笑みと呼ばれていた、今は珍しくなったアレクサンドルの笑顔に頰に熱が昇るのが感じられる。


(ここで、幼い頃の呼び名を出すなんて狡いですわ)


「何も、人前に出てまで呼べとは言わないよ。不敬と取られかねないからね。でも、王宮のプライベートエリアで、親戚として個人的な会話の中なら、王家だとか臣下だとか気にしなくてもいいだろう? ユーフェミア達とは砕けた話をするし、フレックだって愛称呼びじゃないか。わたしだけ除け者は寂しいね?」


 今ではごく一部の親しい友人しか呼ばない幼い頃の呼び名『ティア』と成人してからはあまり見せなくなった笑顔を出され、どちらの足から踏み出すのか判らなくなるほど、システィアーナは動揺していた。




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