第41話 靡くコートの裾は、乙女の憧れ?



 騎士見習い達の訓練なので、剣は本物でも刃を潰してあるが、それでも重い鉄の塊が当たれば痛いし骨折する場合もある。

 重い鎧は着けていないが、剣が当たっても身体が切れないように、毛織物の鎧下クロースの上から鎖帷子チェーンメイルを着ている。

 その鎖帷子が日光で熱くならないように、また誰だか判るように、家紋を刺繍したサーコートを上から羽織っているのだが、その裾が動きに沿って靡くのが、見学をする若い女性に人気なのである。


「確かに、ああして剣を振るうエル従兄にいさまは、いつもの倍、格好いいと思いますわ」


 ──剣を振るうエルにいさまはいつものヽヽヽヽ倍格好いいヽヽヽヽヽと思いますわ


 そのシスティアーナの言葉は、紛れもない本心ではあったが、そこまで深い意味はない。

 が、カルルと、距離があるにも拘わらず耳に拾ったエルネストの胸に、しっかりと刻まれた。


「私は、貴族男子の義務としての兵役以外は、健康のための鍛練くらいしか剣を振る事はあまりないので、彼がちょっと羨ましいね。うむ、早朝の鍛練をもう少し増やそうかな⋯⋯」


 カルルの軽口に、ユーフェミアが即返した。


「あら、女性が観ている前でやらないと、身体が少し引き締まるくらいの効果しかないのではなくて?」


 別に不特定多数にモテたい訳ではないので、単なる軽口だったのだが、刺すように返されては苦笑するしかない。


「お姉さま、違いますわ。殿方はすべて、愛する女性のための騎士ですのよ? 譬えどなたにも見留められなくても、身体を鍛える事に意味はありますわ」


 リアナのまっすぐな目が、ユーフェミアには少し眩しかった。


「そうね。姉さまが間違ってたわ。どんな男性も、モテるために剣を振るうのではなくて、愛する者を守るために、剣を取るのよね」


 ぎゅむっと、リアナを抱きしめるユーフェミア。


「あっ、あ⋯⋯ あ」


 愛くるしいリアナを抱きしめるユーフェミアが羨ましくて、差し出した手をふらふらさせるシスティアーナ。

 妹のリーナは10歳になり、前ほど抱きしめさせてはくれなくなった。子供扱いすると怒り出すのだ。


「ふふふ。シス、貸してさしあげるわ」


 ユーフェミアから預けられた、柔らかい温もりに頰ずりしたくなるが堪える。


「シス姉さま?」


 少し長すぎるほどに柔らかい温もりを堪能してから離し、闘技場に目をやると、エルネストが打ち込みを始めていた。


「他の見習い達に比べて、鍛練を積む時間は少ないでしょうに、エルにいさま、結構お強いのかしら」


 素人目には、エルネストが訓練生を押しているように見える。


「彼は、槍はあれで  (イマイチ) すが、剣は本格的にやれば一廉ひとかどの成績を修められる素養はありますね」


 ユーフェミアの護衛騎士の一人が答えてくれる。


 信頼するまた従兄いとこが褒められて、素直に嬉しかったし誇らしかった。


 やはり、ユーヴェルフィオの手伝いをしながら近場で騎士をするのだろうか。


 幼少よりフレックの傍に付いていながら、側近への誘いを濁してきたエルネスト。

 今期の社交シーズンが終われば、本格的に兵役を務めるため、2年間離れることになる。


 寂しい のひと言は、ただの我が儘だと判っているので、胸の内に収められた。



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