第40話 観客席に黄金(こがね)の花が三輪

 鋼と鋼のぶつかり合う音が、胸が苦しくなるような硬くて冷たい響きを放ち、殺伐としていて不安をかき立てるような、息苦しさを感じた。


 何も、騎士同士の御前試合を見たことがない訳ではない。

 オルギュストがいい成績を残し、一輪の花と白いハンカチーフに家紋を刺繍したものを手渡したこともある。顔を顰められたが。


 そういう意味ではあまりいい思い出はない。


 だが、闘技場の中で一合二合と打ち合う騎士見習い達にはそんなことは関係なく、美しい女性二人と愛らしい少女が一人、綺麗な顔立ちの高級官僚風の出で立ちの若者が見学しているのを目の端に捉え、急に色めき立っているのである。


 騎士科の男子は、平民・貴族に関わらず全員寄宿舎で生活し、下級生は上級生の世話係を務めなければならない。

 上級生は、受け持った下級生の面倒をみる傍ら、指導騎士の従騎士スクワイヤになって、同じく師事する騎士の世話係も務めなければならない。


 卒業するまでの六年間、彼らの目にする女性は、寄宿舎の掃除婦やキッチンメイド、ランドリーメイドくらいのものである。

 そして、血気盛んな騎士見習い青年達の世話をするのは、熟練の熟女──中年女性や壮年女性である。若いメイドは、淑女教養学校フィニッシングスクールへ回される。


 つまり、婚約者がいて定期的に夜会に出る機会のある者でなければ、女性とお近づきになる事がなく、ユーフェミア達は久々の潤いなのである。


 本来見学公開の日ではないため、不意打ちの綺麗どころに、より目立とうと、変なアピールを始める青年もいた。


「ふふふ。皆さん、元気ですわね」

「ええ。怪我をしないとよいのですが⋯⋯」


 騎士科ではないが従騎士を務めるエルネストも、運動場へ出て来た。

 フレックの公務の補佐をしているため、午後の鍛錬を数日おきにしか参加できないが、特例として認められている。師事する騎士も、フレックの近衛から選ばれていた。


 リアナが「エルネストさま!!」と呼びかけるより早く、エルネストがシスティアーナを見つける。

 闘技場を囲む観客席の、ひさしのある高い貴賓席に座っているのによく見えるものだと感心したが、実は、四人の金髪は、直射日光を避けても、煌めいて目に入りやすいのだ。

 その中に珍しい、赤味を差したピンクゴールドをハーフに結い上げた令嬢が居れば、エルネストが気がつかないはずがなかった。


 リーナが憧れる、爽やかな笑顔を向けて片手で応えるエルネスト。


「やっぱり、護衛騎士と恋に落ちる令嬢方の気持ち、解りますわね。上手な方は踊るように剣をさばいて、サーコートの裾がなびいてはためく感じが、凄くどきどきして格好いいのですもの」

「おや、ユーフェミア殿下やリアナ殿下でもそうなのですか?」


 カルルが訊ねると、姉妹は力強く頷いた。


 恋をする、ではなく、格好いいと憧れる、に対してである。


「確か、リーナちゃんも、エルネストさまの大ファンなのよね?」

「ええ。わたくしを送ってくださったのに、夜だからとお茶も差し上げない内に帰られるので、いつもがっかりしておりますわ。

 先日のお見舞いの花束を頂いた時も、ちゃんとリーナの分もつけてくださったのは、エル従兄にいさまだけでしたの。リーナも喜んで、一日愛でた後は、ドライフラワーにして保存すると、今陰干ししているのよ」


 話している内に、エルネストの番が来た。




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